出逢いの日

俺と母さんは直ぐに病院に向かった。父さんは持病もなかったし、それこそ倒れる気配なんて全くなかった。まさか倒れるなんて。父さんの病室に向かうと、俺と母さんの心配とは裏腹に、父さんはベッドの上に座ってテレビを観ていた。

「「…は?」」

ここまで綺麗にハモったのは久しぶりだ。

「お、母さん、カズヤ。どうしたんだそんなに息切らして。俺はこの通りピンピンだぜ?」

結論から言うと、母さんの早とちりだった。父さんが帰宅中ぶっ倒れたのは事実だが、ただの貧血だったらしい。母さんは電話口で父さんが倒れたことが衝撃で、その後の病状を全く把握していなかったらしい。そもそもなんで急に倒れんのよ!と母さんが怒りだしたので、僕はしれっと病室を出た。この説教は長いなぁなどと最近良く当たる予測をしつつ、俺は病院の屋上広場で沈んでいく太陽を眺めていた。今日は普通の日じゃなかったなぁ、と1日を思い返す。父さんが倒れた時点で普通ではないけど、転校生の衝撃が大きかった。何故あんなにも彼女への視線を外せなかったのだろう。未だにわからない。アニメや小説の世界ならここで転校生とばったり会い、彼女の重い病気の話をしたりするのだろう。こういう時に俺の予測能力が発揮されればいいのに。自分が考えたことに自分でアホらしいとツッコミを入れた。


直後、俺は自分に未来予知の能力があると再び錯覚することになった。全て当たった訳ではないのでそんな能力は持っていなかったけれど。

「あれ、君って…」

よく透き通った声。名前で呼ばれてはいないけど、広場には僕しかいないので僕に対するだろう。太陽から声がした方へ視線を逸らすと、転校生がいた。車椅子で登場といったようなことはなく、しっかりと自分の足で立っている。

「君って、同じクラスの…えーと…」

やっぱり彼女にとって俺はただの知人Aだという事実を改めて突きつけられ、勝手に落ち込む。ちょっぴり落ち込んだことを隠すように、

「転校生の新田さんだよね!こんなところで奇遇だね。」

と無理やり笑顔を作って話す。

「覚えててくれたんだ!…ごめん、初日だから名前全然覚えられてなくて。お昼食べたこ子の名前すら曖昧なんだ。」

なんだか、俺が落ち込んでることに気づいたのか、フォローしてくれている気がした。この子は俺の内心を見透かしているような。

「しょうがないよ、話しかけてなかったし。古田カズヤだよ、よろしく。」

「そうだ、古田くんだ!これからよろしくね!」

なんとなく、彼女もまた、内心を隠すように明るく話しているように感じた。俺は彼女と違って内心までは見えないけど。少し気になったが、ストレートに聞くのも気が引けるので、ジャブを打つことにした。

「今日さ、なんかクラスメートに嫌なやつとかいたか?なんとなく心から楽しそうじゃなかったっていうか。わ、悪い、急にこんなこと聞いて。」

ジャブを打つつもりが寧ろしっかりめなストレートを放ってしまった。何してんの俺。こんなの知人Aから知人Aにランクダウンしてしまう。彼女はキョトンとして、ニッコリと笑った。この笑顔は心からの笑顔な気がした。

「やっぱり気づいてたんだね!古田くん、お昼の時、私のこと心配するような目で見てたような気がしたから。すごいね、多分古田くんだけだよ、気づいたの。」

心配の目を向けられたことに気づくとは、俺の予想は当たっていたのだろうか。予想的中の喜びよりも、古田くんだけ、というワードが俺の心に突き刺さった。ニヤつきを押し殺して、

「てことは、新田さんは何か心配されるようなことがあるの?」

「んー、ちょっとした病気かな。かと言って、1年後に死んじゃう病気なんて持ってないよ。…今ちょっとガッカリしたよね?私も人間観察は得意だからお見通しだよ。ふふふ、映画じゃないんだから、そんな簡単に私は死なないよ。」

俺も人の心情を読み取ったり、空気を読むことに長けていると自覚している。しかしまた、彼女も中々によく人を見ている。俺の考えは全て、彼女に見透かされていた。

「そ、そんなことないよ。持病願うほど俺病んでないし。こんな大きな病院に通うほど重い病気なのか?」

「すぐに死ぬことはないけど、ちょっぴり特殊な病気なんだ。私はこの病気が嫌いじゃないけどね。」

なかなかに重い話だ。嫌いじゃない病気なんてあるのだろうか。更に病気について問いかけるほど、俺は図太くないし、彼女もただのクラスメートに話す気もないだろう。

「ん、今会話が重くなりそうだなぁと思ったでしょ。」

「…なんで君はさっきから俺の脳内を解読出来るんだ。」

「ふふふ、企業秘密だよ。私は君をしっかりと見ているのだ。」

見る、か。俺が彼女の影に気づいたように、誰にでも多少は相手の心情を読み取ることは出来るかもしれない。彼女ほど正確に読み取るにはよほど相手を注意深く見ないと無理だろう。頭が良いとそんなことも可能なのか、といかにも頭の悪い考えが思い浮かんだとき、

「ん、もうこんな時間だ。またね、カズヤくん!」と言って、走っていった。持病を持っているとは思えないほど、綺麗で、元気な後ろ姿だった。下の名前で呼ばれたことが嬉しかったことは言うまでもない。今日は特殊な日だった。今まで普通の日常を願っていたけど、少し改めるべきだ。普通じゃない日も悪くないな。そう結論づけて、僕は父さんと母さんがいる病室へ走っていった。




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二倍分の愛を君に 矢口 @miuyoshi

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