加速し始めた日々

案の定、彼女はすぐにクラスのみんなと打ち解けた。

「いやー、一瞬で馴染んだね。」

リツは購買のパンをかじりつつ言った。

「まーかわいいし?俺もすぐLINE聞いちゃったよ」

ユウキは露骨に顔を綻ばせていた。彼女の魅力に惹かれたのはやはり俺だけではなかったみたいだ。ホームルーム終了後クラスメートは彼女に殺到し、やれLINEだのやれインスタだの騒いでいた。彼女の困った顔も俺には輝いて見えた。


そして彼女は授業でもその能力を遺憾無く発揮した。さすが紡雪といったところか。それとも俺達のレベルが低いのか。恐らく後者が大いに影響しているだろう。彼女が紡雪高校出身ということは教師たちも聞いているんだろう。僕達と同等もしくはそれ以上の興味を示している日本史の教師にズバズバと質問されても、彼女は微笑みながら全て完答した。授業後日本史の教師が肩を落としながら教室を出ていったことは言うまでもない。その後の授業でも教師の質問攻めを受けつつも、完璧に答え切っていた。そして今の昼休みに至る、という訳だ。

もう既に女子達の(男子達のもだが)注目の的になっていて、楽しそうに昼食を摂っている。ユウキやリツが言う通り、傍から見ても新たな学校生活に対して完璧なスタートを切ったように見えた。しかし俺は小さな違和感を覚えた。なんとなく、彼女の笑顔には影があるような気がした。もちろん周りを見下すような影ではなく、少し寂しそうな影。まあ俺は彼女を友人と呼べるほどみんなのように親しい間柄ではないし、彼女に対して生まれた感情に名前を付けあぐねているいわば知人Aだ。彼女は自身の影のことを俺が気づいたこともわからないし、そもそも俺の見当違いであることも十分考えられる。そんなことを考えているうちに学校は昼休みの終了の合図を告げた。


午後の眠たい授業を乗り越え、放課後のこと。ユウキは野球部、リツはテニス部と、中々にハードな部活に所属しており、帰り一緒に帰ることなんてほぼないのだが、今日は職員会議、いわゆる完全下校というやつで、3人でてくてくと歩いていた。

「いやー転校生ってやっぱいいな!」

ユウキは言う。

リツも黙って頷いた。コイツも意外と女好きだ。今回ばかりは俺も人のことは言えないけど。

「カズヤ君は一目惚れしたんですかい?自己紹介の時ガン見してたぜ、お前」

心を見透かされたような気がした。深淵を覗く時、深淵もまた俺を覗いている的な。俺がユウキを理解しているように、ユウキも俺をよく理解していた。

「っっ、そんなんじゃねえよ!バカな事言うなよユウキ」

はいはい、とユウキとリツにニヤつかれながら流された。もうコイツらのペースだ。早く帰ろう。

「めんどくせー、また明日な!」と一言言い、俺は昨日のように帰路を急いだ。


家に帰ると、母さんは誰かと電話をしていた。やけに焦っている。オレオレ詐欺にでもあったのだろうか、とアホみたいな思考を巡らせていると、母さんは俺が帰宅したと気づくや否や、

「お父さんが、帰りに倒れたって。」

と、血相を変えて俺に言ってきた。何も言えなかった。理解が追いつかなかった。少しせっかちな蝉でもいるのか、煩い音が耳にこだました。


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