第3話 破天荒が後輩男子の場合
冬休みも目前となった高校1年の2学期末。
教室の効き過ぎた暖房に、眠気よりも若干の気持ち悪さを覚えながら、本日最後の授業である世界史の授業をなんとか乗り切り、ようやく本日の目的である放課後となった。
早速荷物をまとめて、目的地である文化部系の部室棟を目指す。
昨日の夜からずっと考えていた台詞を復習していたら、目的地である部室の扉まであっという間に着いてしまった。
早くなる胸の鼓動を沈めるように、左胸に手を当て、大きく深呼吸をした。
「はぁーーー……よしっ!行くぞ!」
そして、意を決して入り口の扉を開けた。
「失礼します!お疲れ様です、
「あっ、ノブ君、お疲れさまー。今日も早いね」
迎えてくれたこの人は、2年生の楓先輩だ。
黒髪にボブの髪型がよく似合っている。優しさと気怠さを併せ持った雰囲気を放つその外見は、近くで見れば誰しもが可愛い、もしくは美人だと言うだろう。
しかし楓先輩は、なぜか気配を消すのが上手いらしく、校内ではあまり噂になることがない。めっちゃ不思議。
「楓先輩って、どれだけ早く部室に来ても、必ず1番最初にいますよね」
「たしかにそうかもねー。まぁ、コツを掴めば私よりも早く来れると思うけどね」
「コツですか?道順とかの話ですか?」
「ううん、授業を途中で抜け出すコツ」
「想像以上のステルス性能!?」
さすがに気配の消し方上手すぎるでしょ。コツとかでどうにかなる問題では絶対ないと思う。
授業の抜け出し方にも非常に興味はあるけれど、今日の俺には楓先輩に、どうしても伝えなければならないことがあった。
もう一度心の中で気合いを入れ直して、真っ直ぐ楓先輩を見つめた。
「あの、楓先輩」
「どうしたの、ノブ君?そんなに目をギラギラさせて……」
「部活のみんなが来る前に、どうしても伝えなくちゃいけないことがあるんです」
「えっ……」
俺の真剣な雰囲気に、いつもは気怠げな対応が多い楓先輩も、戸惑った様子でこちらを見ている。
「この部活に入って、楓先輩と話すようになってから、ずっと伝えたかったことがあって……最近はその気持ちが、どんどん自分の中で大きくなっているのを感じてて……」
「え、えっ?嘘でしょ、ノブ君?そんな……まさか、ね?」
「もう自分の中にしまっておくことなんて、できないんです!」
そう言いながら俺は、一歩、また一歩と楓先輩に近づいた。
「いやっ、ち、近いよー……」
戸惑いと、恥ずかしさが混ざったような表情のまま、なかなか目を合わせようとしてくれない楓先輩。
こんなにテンパってる楓先輩を見るのは、初めてだった。
「楓先輩……俺は……」
「う、うん……」
「俺は……っ」
言え!さあ、言うんだ俺!もう後戻りなんてできないんだ。勇気をだして言え!
「楓先輩をテーマにしたボードゲームが作りたいんですっ!!!」
「…………えー……」
言った!ついに言ったぞ!この俺の熱い思いをついに伝えたぞ!
どうですか楓先輩!俺のこの思いを受けて、喜びに震えていますよね!
……あれ、おかしいな。なんだか楓先輩の目から、光が失われているような気がする。
なんでだろう、そんな目をして俺を見てくる理由が、全くわからない。
「楓先輩?どうしたんですか、なんかリアクション違くないですか?」
「……違うかなぁ?たぶん、あってると思うんだけどなぁ……」
「いやいや、絶対違いますよ!?もっとこう、ノブ君、嬉しいよ、ありがとう!みたいな感じになるはずだったんですけど」
「…………………………」
おかしい、楓先輩の目から生気が感じられない。
「とりあえずノブ君、ちょっとそこに座ろうか」
「そこって言われても、椅子ないですけど」
楓先輩は返事をせず、俺の足下(ただの床)を見つめている。
なんだかよくわからないけど、素直に従った方がよさそうな気がしたので、俺は仕方なく床に正座した。めちゃくちゃ床が冷たい。
「ノブ君?さっきなんて言ったか、もう一度だけ聞かせてもらってもいいかな?」
「だからですね、楓先輩をテーマにしたボードゲームが作りたいんです!」
「うん、やっぱりもう一度聞いても意味がわからないかな」
「そんな!?なんでですか!」
「なんで意味がわからないのかが、わからないのかー、そっかー……」
楓先輩がすごく遠い目をしている。その瞳に、まだ光は戻らない。
「……じゃあ、ノブ君。仕方ないから、どうしてそんなことを考えたのか、理由を聞いてあげるね?ちゃんと私にもわかるように説明してね?」
なんでそんなに改まって言うんだろうか。まあ、理由が聞きたいというんだから、しっかりと俺の思いを聞いてもらおう。
「わかりました!楓先輩もちゃんと理由を聞けば、喜びに胸が震えること間違いないですしね!」
「あー、うん、まあそれでいいや」
なんだかすごく雑な返し方だけど、楓先輩はいつもこんな感じといえばこんな感じだしな。うん、気にしても仕方ないな!
「それではプレゼンさせていただきますね!俺の素晴らしいゲームのアイデアを、計画するに至った経緯を!」
「…………」
楓先輩は、無言で先を促している……はずなので、このまま続けよう。
「俺は楓先輩に出会ってから、ずっと疑問に感じていたことがあったんです」
「……疑問?」
「はい!それはですね……学校の全校生徒諸君!なんで楓先輩の可愛さに気づかないんだ!!!おかしいだろ!!!ということです」
「……えぇーーー…………」
楓先輩のリアクションを無視して、俺は続ける。
「その艶のある髪!俺と比べると、絶望すら感じさせるほどの小顔!整った目鼻立ちはもちろん、小顔なのに俺よりも大きく可愛い目!すらっと伸びた足!だけど柔らかそうな太もも!!!」
「…………………………」
俺は畳み掛ける。まるで楓先輩のなにかのゲージを削るように。あくまで比喩だけど。
「内面も楓先輩は素晴らしいんです!いつも気の抜けた返事が多いようで、俺の話をちゃんと最後まで聞いてくれますし、しっかり周りを見ていて、部員のフォローは欠かしませんし」
「……っ……」
一瞬楓先輩が、さっきまでの虚無のような様子から、動揺をみせた気がした。
チャンスだ!と思い、さらに畳み掛ける。なんのチャンスなのかは、俺もよくわかっていない。
「楓先輩は、俺が土下座して頼み込めば、デ、デートとかも『しょうがないなぁー』って言いながら付き合ってくれそうなほど、押しに弱っ……優しそうですし!」
「…………
光のない目のまま、急に俺の本名を言うのはやめてほしい。
この、どこぞの武将のような名前が気恥ずかしくて、楓先輩には『親しみを込めて、ノブって呼んでください!』とお願いしていたのに……そういえば、あのときは誠意を見せるために、土下座して頼み込んだんだった。
今回も土下座しながら頼むべきだったのかもしれない。いや、前回も目の光が一瞬なくなった後に『……はいはい、じゃあノブ君ね?』って、言ってくれたんだった。
なら、今回も目の光がなくなっているから、最終的に上手くいきそうな気がする。
大丈夫だ、問題ない。
「つ、つまりですね!俺はこんなに楓先輩の素晴らしいところを知っているのに、この学校の奴らは、あまりに知らなさすぎるんですよ!もっと興味持てよ!注目しろよ!と、思っているんです」
「私からすると、すごく迷惑なことを思っているんだね。このまま、そっとしておいてほしんだけどなー」
「そっとしておくなんてもったいないですよ!」
「もったいないって言われてもなぁ……」
「そこで、ボードゲームです!」
「もう止まってくれないんだね、そうなんだね……」
「イメージとしては、某人○ゲームみたいなシミュレーションゲームです。プレイヤーはまず最初に、楓先輩との関係をサイコロで決めます。クラスメイトから、先輩後輩はもちろん、幼なじみ、姉、妹、職場の同僚、マッチングアプリで出会うなど様々です!」
「ねえ、待って。もうすでにこの時点で、プレイヤーの数だけ私が発生してるよね?私って、そんなに大量生産されちゃう存在なの?」
そんな細かいことはどうでもいい。俺は熱量を上げながら、説明を続ける。
「あとは双六をしながら、マス毎に発生するイベントをこなしていく流れです!楓先輩と買い物に行く、楓先輩と映画を観に行く、楓先輩と夜に電話をする、楓先輩と海に行く、楓先輩とドライブ、楓先輩とカラオケ、楓先輩と漫画の交換、楓先輩とディ○ニー、楓先輩と……」
「怖い、怖いよ。そのゲーム、というよりも君の妄想が……」
「そして、一定のマスまで進むと、このゲーム一番の山場がくるんです!」
「もう私はずっとなにを聞かせられているの?」
「そう、それは、結婚ルートか、友情ルートかの選択です!!!」
「ねえ、君はさっきからずっとなにを言っているの?」
もう今の俺には、楓先輩の言葉すら届かない。
「サイコロの出目によって、楓先輩との未来が決定します!ラブラブイベントが満載の結婚ルートか、唯一無二の絆を育む友情ルートか!プレイヤーは究極の選択を迫られるのです!!!」
「私との未来は、サイコロで決められるくらい軽いんだ」
「そして最終的には、一番所持金が多いプレイヤーが勝利です!」
「なんでそこは人○ゲームと一緒にしたの?ゲームとしての後味悪すぎないかなぁ?」
一気に語って説明を終えた俺は、清々しい顔で楓先輩の感想を聞く。
「どうですか楓先輩!このゲームで、楓先輩の魅力を学校の奴らにも伝えていきましょう!」
「うん、普通に嫌だよ?そもそも最初から意味がわからなかったけど、説明を聞いても、嫌な気持ちが増えていくだけだったよ?」
「そんな馬鹿な!?」
どういうことだ、こんなにも熱量を持って、丁寧にコンセプトから説明したのに……なにが嫌なのか、俺には全くわからない。
「そもそもだけど、放課後に話してきたってことは、部活の時間でこのゲームを作ろうってことだよね?」
「?……もちろんそうですけど」
「ノブ君は、ここが何部か、ちゃんとわかってるんだよね?」
もう俺が入部してから半年以上が経っているのに、なんでそんな当たり前のことを聞くのだろう。
「もちろんわかっていますよ!ここは、写真文芸新聞部ですよね」
「うん、そうだよ。部員数が少なくなった三つの部活が、去年の二学期から統合された結果、もはや何が目的の部活動か、先生達も生徒会も、部員達本人ですらわからなくなり始めてる部なんだよ?」
写真文芸新聞部は発足当初こそ、元写真部が新聞用の写真を撮り、元新聞部が記事を書き、元文芸部が文章の校正をして、定期的に校内新聞を発行するという協力活動を行いながら、それ以外の時間は従来の活動をするという形で、上手く機能していたらしい。
しかし、時とともにその活動は形を変えていった。ちなみに先週まで俺たちがしていたことといえば、各々が持ち寄った新聞の面白いと思った記事を切り抜いて、合体させてメチャクチャな文章を作り、それに合いそうな新聞内の写真を使いながら、オリジナルラノベを作るという、かなりカオスな内容だった。
完成した作品は、部長が図書委員に寄贈したらしい。図書委員の人、本当ゴメン。
「この部だからこそのボードゲームですよ!楓先輩の可愛い写真をボードに印刷もできる!各マスで発生するイベントの内容やタイトルを、みんなで相談しながら作成できる!完璧ですよ!」
「悪ふざけだけには、みんなすごいモチベーションが高いから、だからこそ絶対にやらせるわけにはいかないというか……」
ちなみに楓先輩は元文芸部。基本的には部室でも読書していることが多い。
他の部員達がなにか遊びを始めたときも、持ち前のステルス性能で序盤は巻き込まれずに読書している。
だけど最終的には巻き込まれてしまい、いつもなにかを諦めた表情で活動に参加してくれている。
「部員の説得は任せてください!なのであとは、楓先輩の了承だけですよ!」
「まあ、了承はしないけどね、というかこの流れで私がオッケーするわけないって、普通にわかると思うんだけどなぁ」
「そんなっ!?」
俺の考えた、最強のボードゲーム企画だったのに……
「そもそも、私のいいところを伝えるためのゲームって理由、あれ嘘だよね?」
「えっ……?」
「ていうかこれって、ノブ君が私とこういうことがしてみたいっていう妄想で生まれたんだよね?自分でリアルに誘う勇気がないから、別の理由を作って誤魔化そうとしてるよね?」
「…………い、いや、そんなことは……」
ここにきて楓先輩からの予想外のカウンターが炸裂。ま、まずい!何がとは言えないが、非常にまずい!
「正直、最初は告白されるのかと思ったんだけどなー」
「す、すいません紛らわしいテンションで!……あはは」
この状況、どうしたらいいんだ。
「そうだねー、紛らわしかったね。でも、もし本当に言いたいことがボードゲームのこと以外にあるのなら……聞いてもいいよ?」
「か、楓先輩?」
そう言った楓先輩の目には、いつの間にか光が戻っていて、心なしか優しい瞳で俺を見つめている。
……楓先輩は、ヘタレな俺が冗談に逃げたのを見破っていたのか。
さらには、優しく背中を押そうとしてくれているようにも見える。
「あ、あの楓先輩……」
「どうしたの、ノブ君?」
楓先輩の眼差しは優しいままだ。
ありがとうございますと、俺は心の中で楓先輩に感謝を伝え、早くなる鼓動を抑えるように胸を握りしめた。
そして、勇気を振り絞って気持ちを言葉にした。
「ボードゲーム作成計画は、俺が怖じ気づいて適当に言ってしまっただけで……俺は……か、楓先輩のことが好きです!よ、よければ俺と、付き合ってください!!!」
「うん、なんとなく前からずっと気づいてた。まぁお友達で」
「安定の友情ルート入りましたー!!!」
畜生ーーー!!!さっきの優しい眼差しはなんだったんだ!これから俺は、いったいどんな顔で部活にくればいいんだ…………
膝から崩れ落ちて、絶望に満ちた声で『ああぁーー……』と唸っているノブ君に背を向けて、私は部室の扉の方へ歩き出した。
扉を開けて『みんなが来る前に、ちょっとお手洗い行ってくるねー』とノブ君に伝えた後、彼には聞こえないくらいの大きさの声で呟いた。
「今はまだ、お友達でね。面白い後輩くん」
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