第3話

「あっ……」

 両手に児童書を抱えていつもの角の席に向かった私は足を止める。

 いつもの場所には知らない男の人が座っていたからだ。

 無愛想に声を上げた私の方をチラリとみて、その男はすぐに視線を机に戻す。

(……嫌なヤツ)

 お気に入りの場所をとられた私は少し……いや、かなり不機嫌に睨みをきかせてその席の隣に座った。

 気に入らないヤツの隣に座った理由。

 プレッシャーをかけて、ヤツを立たせて、私が座る為。

 ドサリと児童書を机に置いたが、ヤツは微動だにしない。

(意外につわものだな……)

 フーと溜息をつきながらも、余り音を立ててはヤツ以外の人にも迷惑がかかってしまう。

 とりあえず、私は他の人の迷惑にならないように、静かに児童書を読み始めた。

 児童書と侮るなかれ。

 絵本の中にはすばらしい世界が溢れて、児童書は楽しさと感動に満ちている。

 はるか昔に読んだはずのその話も今読めばとても新鮮。

 覚えていた結末が違っていたと気づかされ、フフッと笑わせてもらったかと思えば、鼻が詰まるほどに泣きそうになる。

(……ヤバ、児童書読んで良い年した女が泣きべそなんて格好つかない)

 スゥ~~~~っと鼻から空気を入れ込んで、フゥ~~~~っと口から息を吐いた。

 私は涙が出そうになると鼻の奥がジーンとして、胸が締め付けられるように空気が入っていかなくなる。

 だから、大抵、泣きそうになったとき、数回こうすれば大抵の涙はヒョヒョッと引っ込んでいってくれるのだ。

(おぉ……引っ込んできた、あと少しか)

 恐らく、周りからしてみれば、児童書を山積にした机で、太極拳をやっているお馬鹿にみえることだろう。

 しかし、私にしてみれば児童書で涙するほうがよっぽど恥かしい。

 かなりの太極拳振りを発揮して、最後の一息。

 スゥ~~~~。

 フゥ~~~~。

「よっし……」

 スッカリ引っ込んで私はそう呟き、児童書を閉じて、山になったものを戻しに席を立った。

 今日はここらでおしまいにしておかないと、次に感動がやってくればダムは崩壊、絶対に引っ込ませることは不可能だ。

 両手に本を抱えて、低めの本棚が並ぶ児童コーナーでしゃがみながら本をしまっていると、コツンと私の頭に何かが置かれる。

「んぁ?」

 見上げれば大きめの絵本が私の頭の上に乗っていて、その本の更に上の方から声がした。

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