其之陸

 荒波の中、小舟を漕ぎ進む。

 との決戦の地へ向かうために。

「ムサシお姉ちゃん、勝ってね?」

「後方支援は任せてください!」

「あぁ、ありがとう、ミィ、キャロル」

 二人が居れば百人力だ、奴には絶対に負けない。

 浜辺に船で乗り上げ上陸すると、背後から声がかかる。

「来たな武蔵、待ちわびたぞ」

「ふっ、待たせたな……ってなんでヤチまで居るんだ?」

 振り返るとそこにはと、その後方にヤチの姿があった。

「いえ、武蔵殿がこの方と決戦を行うと聞き及びまして」

「そうなのか。ま、俺が勝つところを見ててくれよ」

 勝って当然なように吐き、愛刀へ手を掛けへと向き直る。

 

「来い、武蔵!」

 既に獲物を抜き上段で構えているが吼え、

「いくぞっ!」

 こちらも応えるように走り出す。

 

 一瞬の交錯。

 

 上段から振り下ろされた野太刀を紙一重で躱し、懐に潜り込む。

 抜刀しの胴へ一閃入れようかという刹那、視界隅でヤチの口元が動くのが見えた。

 

 ――人を斬れば、機会を逃しますよ?

 

 その言葉に胸の奥がざわつく。

 しかし、体は流れるように抜刀を――

 

 出来なかった。

 刀と鞘が一体となっているかの如き硬さで抜けない。

 そうこうしているうちに、返しの刃が私の胴体を真っ二つに切り裂いた――

 

「お姉ちゃん!」

「ムサシさん!」

 頽れた私の下へ二人が駆け寄ってくる。

『二人ともごめん、勝てなかったよ……』

「お姉ちゃん!」

 ミィの細い腕が身体を強く揺さぶってくる。

『こらこら、怪我人を揺さぶるもんじゃないぞ?』

「お姉ちゃん!!」

 それでもなお強く揺さぶられ――

 

「起きて、お姉ちゃん! 朝だよ!!」


「……んぁ?」

 ミィとキャロルに見守られるように、朝を迎えた。

「お姉ちゃん、おはよっ」

 上体を起こすと、ミィが嬉しそうに抱き着いてくる。

「やっと起きましたね? 朝食出来てますから、顔洗ってきてください」

「洗面はこっちだよ、早く早くっ」

 ミィに引っ張り起こされ、洗面所へと案内される。

 冷水で顔を洗うと眠気も消えて意識が覚醒していき、同時に夢で見た光景に多大な違和感を覚え苦笑する。

 しかし、手にはハッキリと抜刀できない感触が残っていた。

 気にしすぎかもしれないが、ヤチからの制約に効力があるとすれば……。

 

「一応策を講じておくか……」

 もう一度冷水を顔に浴びせ、思考を整え居間へと戻る。

 

 それにしても変な夢だったなぁ……。

 

     *  *  *

 

「「ご馳走様でした」」

「は~い、お粗末様でした」

 キャロルの作ってくれた朝食を三人で頂き、今後の予定について話し合う。

「私はもう少ししたら仕事のために綽膳へ向かいますが、お二人はどうされますか?」

「そうだな、ギルドの登録試験が明日の昼からだから、それまでこれと言って予定はないが……物資や装備を整えたいから大通りへ行こうと思う。それに……」

 視線をミィへと移し、

「ぅん?」

「ミィに危害が及ばないようにしたいしな」

「と言いますと、具体的にはどうするおつもりで?」

「まず見た目をどうにかしたい。耳と尻尾が目立つが、それを除けば亜獣族とはバレないはずだから、帽子や丈の長い服で隠しておいたほうが安全だろう」

 その案を聞き、そういうことでしたら! とキャロルが別室の押入れをガサゴソと漁りだす。

「私のお古に丁度いいのがあったはず……確かここにぃ~、っありました!」

 取り出されたのは、上下が一続きになっている淡い水色の服と、ひさしが全方位に伸びた小麦色に青の蝶結びされた帯が可愛い帽子だった。

「はい、この服と帽子はミィちゃんにあげるから、着てみて!」

「え、本当に良いんですか?」

「いいのいいの、私にはもう小さくて着れないし、他にあげられそうな知り合いも居ないから……」

 どこか、少し寂しげにキャロルは呟く。

 しかしすぐにいつのも調子を取り戻して求める。

 

「……さっ、着てみて! 仕事へ出る前に着てる姿を見せて欲しいな!」


     *  *  *

     

「かわい~っ」

 服の大きさも丁度良く、とても似合っていた。

「なんかちょっと、恥ずかしい……」

 ミィは少し頬を赤らめつつ、もじもじとしている。

「耳は大丈夫そうだが、尻尾はギリギリ見えないくらいか……。上手く隠せそうか?」

 裾は尻尾よりも若干長い程度、ミィが意識せずに居ればすぐにでもバレてしまうだろう。

「うん、頑張る」

「大変だろうが、私が傍に居るから。困ったら何でも言ってくれ」

「うんっ」

「っと、そろそろ行かないと。家の鍵は預けておきますから、用事が終わったらいつでも戻ってて良いですから! 行ってきます!」

 ミィに見惚れていたキャロルがハッとし、家の鍵をこちらへ差し出し出掛けていく。

「ありがとう、行ってらっしゃい」

「キャロルお姉ちゃん、行ってらっしゃい!」

 戸口から手を振りながら出ていくキャロルを見送り、一息つく。

 

「……私たちも出掛けようか」

「うんっ」

 すっかり馴染んでしまってはいたが、家主の居ない中で長居するわけにもいかない。

 壁際に立て掛けておいた愛刀を携え、身支度を済まし大通りへ向けて家を出た。

 

     *  *  *

 

「何を買うの?」

 大通りへの道中、ミィから素朴な疑問を投げかけられる。

「ミィの服を探そうと思ってたんだが、キャロルのお陰で間に合ったからな。私から装飾品アクセサリーを贈ろうかと思ってな」

「アクセサリー!?」

 その言葉を聞き、ミィは目をランランと輝かせ見つめてくる。

「こらこら、尻尾は振るな……」

 嬉しさのあまり隠していたはずの尻尾が服の裾を持つ上げつつ左右に揺れる。

 幸いまだ周囲に人気は無かったが、大通りの真ん中で見られたらどうなるか……想像したくもないな。

 あっ、とお尻を押さえるような仕草をしつつ、尻尾を巻いて隠していく。

「あとは、武器を一つ買おうかと思ってる」

「武器? それじゃ駄目なの?」

 私の愛刀を指差し、ミィは問うてくる。

「魔物相手なら勿論コイツで良いんだが、昨日みたいに対人となると、な……」

 殺生を避けなければ機会を逃すことになる。

「だから、コイツよりも少し短い木刀があれば良いんだがな」

 それに、もう一刀あれば二天一流の修行も続けられる、探しておいて損はない。

 そんな今後のことに思考を巡らせていると、

「ムサシお姉ちゃんは、アクセサリー買わないの?」

「ぅえ? 私がか?」

 ミィから予想だにしない質問が飛び出してくる。

「うん、お姉ちゃんも絶対に合うもん! それに……」

「それに?」

 ミィは少しもじもじしながら言葉を紡ぐ。

 

「その、ね? お姉ちゃんと、お揃いが良いなぁって……」


 その言葉と仕草の愛らしさに、顔が火照ってくる。

 そんなこと言われたら断れないじゃないか! と内心叫びつつ、出来るだけ表には出さないように取り繕う。


「よし買おう、さぁ買おう、すぐ買おう!」


 無理だった。

「あっ、お姉ちゃん待って~!」

 逸る気持ちを抑えきれず、自然と駆け足で大通りへと直行した。

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