其之肆

「ふー、満腹満福っ、お勘定!」

 とても美味しかったおすすめ料理を食べ終え、勘定場レジへと向かう。

巾着から金一枚を取り出すと、

「お客様からお金を頂くわけには……」

「さっきも言ったけど、タダ飯は武士の名折れ。美味しいご飯に代金を支払うのは当然のことだから、受け取ってくださいな」

「そこまで仰るのなら……ではお釣りが――」

「取っといて! また御馳走になりに来るからさ!」

 そう言うと踵を返し出入り口から躍り出る。

「あ、お客様っ――」

 後ろから聞こえる制止の声などいざ知らず、陽気な気分だけをお土産とした。


「さ~て、宿屋はどこかいな~♪」

 外は既に日も暮れ、影の差した通りを街灯の明かりが頼りなく照らすだけとなっている。

大通りを通れば宿屋の情報も目に入るだろうと、町の入口へ戻っていく。

「日の入り前とは随分と雰囲気が変わるな」

 大通りというだけあって多くの店が盛況だった昼時とは打って変わり、殆どが店仕舞いを済ませ閑散としている。

こうなると大勢の人で見えなかった物が、嫌でも目についてしまう。

道端に散らかったゴミ、路地の奥で毛布に身を包む浮浪者ホームレス、僅かな広場で事に及ぶ男女……。

極めつけは――


「オラッ、臭ぇ獣人がッ、なんでこんな所にッ、いるんだよッ、おい!」

「人間様にぶつかって来やがって、臭いが付いたらどう責任取るってんだ!? おいッ!」

 

脇道で二人の青年が一人の少女をこれでもかと足蹴にして嬲っている光景を見てしまう。

「おい貴様ら、何をしている」

「あ? なんだよてめぇ」

 近づき声を掛けると、二人して威嚇してくるが少女から足を退ける様子はない。

「はぁ、男二人がか弱い少女を甚振いたぶって恥ずかしくないのか?」

「か弱い? 獣人がか?」

 その単語を聞き横たわる少女を見ると、頭には猫のような耳、腰からは尻尾が伸びていた。


獣人、この世界に住まう種族の一つ『亜獣族デュミブル』の蔑称だったか。

かつて種族同士の争いが絶えなかった時代、亜獣族は単騎で数十、多ければ百人もの兵と渡り合う実力を有していたらしい。

しかし狡猾さと魔法適性で優る人間が勝利を収め、以来亜獣族は奴隷のように売買され、物のように扱われている。


「こいつらは戦争で多くの命を奪ったんだ、これくらい当然の報いだろ!」

 しかし、亜獣族との争いがあったのは数百年も前の話だ。

「なら聞くが、その少女は誰かを殺めたのか? 貴様らの友人、親族を手に掛けたのか?」

「ぐっ……」

 その問いかけに青年たちは言葉を詰まらせる。

「もしそうだというのなら何も言わないが、違うのなら手を引いてね」

「う、うるせぇ! お前こそ部外者なんだからさっさと消えやがれ!」

 弱い者いじめを続けるよりも、この場からすごすごと立ち去るほうが自尊心プライドが許さなかったようだ。

「はぁ、美味い飯の後で気分がいいから見逃してやろうと思ったんだがな……。仕方ない、後悔はするなよ」

「なんだ、やろうってのか――」

 言い終わるより迅く、縮地で懐へ潜り込み掌底を顎下から打ち込む。

「かはっ」

 頭部への衝撃で後方へ体勢を崩していく。

すぐさま投げ出された脚に手を掛け持ち上げる。

「お、うわっ!」

 ゴッ、と受け身を取れずに地面へ墜ちた後頭部から鈍い音がする。

その顔面へ追い打ちの一撃を入れようかと言うところで、

「これでも喰らいやがれッ!!」

 もう一人がこちらへ向けた掌から、見覚えのある白いもやのようなものがこちらへ伸び、男の手元から次第に赤く染まっていく。

危険を感じ身を翻すと――


火弾ファイエルッ!」


 刹那、頭部よりも大きな火の玉が、靄をなぞるように空中を奔った。

「これが、魔法……」

 初めて目にした魔法の現象に、着弾地点へと視線が釘付けになってしまう。

「チッ、外したか。オイ、ずらかるぞ!」

「お、憶えてやがれ!」

 いつの間にか体勢を立て直してたもう一人が駆け寄り、捨て台詞を残して闇夜へと消えていった。

追いかけて成敗することも容易だが、今はあの娘を放っておけない。

「キミ、大丈夫かい?」

「あ、ありがとうございます……」

 左目を蒼く腫らし、ボロボロの衣服一枚だけを身にまとった身体には、至る所に痣が見え隠れしていた。

「酷い怪我だ……キミ、お家は? お姉さんが送ってあげよう」

 しかし少女はフルフルと首を左右に振る。

「えっ、お家が無い? 親御さんは?」

「や、帰りた、ないっ……」

 瞳を潤ませながらこちらの裾を掴むその力は余りにも、余りにもか弱く……されど万力の如くに感じられた。


思わず、耳の生えた小さな頭を撫でてしまう。

「……お姉さんと一緒に来るかい?」

 優しく、傷が痛まないように優しく、頭を撫でる。

返事は無かった。

少女が胸元へ飛び込んでくるだけで、答えは充分だった。


「私の名前は武蔵、キミは?」

「……ミィ」

 気持ちが落ち着く頃合いを見て声を掛ける。

「さ、ミィ。宿を探そうか」


    *  *  *


「すまないが、帰ってくれないか」

 大通りから少し外れたところにあった宿屋へ入った途端、帳場に居た主人に門前払いを喰らう。

「なんだ、満室なのか?」

「いや、あんた一人ならいくらでも泊めてやるんだが……」

 そこまで言うと主人は視線をミィへ移し、疎ましそうな表情をしてくる。

ここの住人は皆亜獣族を忌み嫌っているのか……?

ムッとした表情を主人に向けていると、

「あの、私は気にしませんから……」

 ミィがそう言いつつ服をクイクイっと引っ張ってくる。

種族間の遺恨に部外者が下手に口を出すわけにもいかない。


「……邪魔したな」

 

一言だけ呟き、宿屋を後にする。

この調子では他に宿屋があったとしても同じ対応をされるだけだろう。

「今夜は一緒に野宿だな……」

「よろしいのですか……?」

「ん、なにが?」

「私の為に野宿をする必要は……私だけ路地裏で過ごせば――」

「ミィ、それ以上は言うな」

 頭に手を置き言葉を止め、軽く腰を落とし視線を合わせる。

「私がさっきミィを助けたのは、ミィの目が助けを求めていたから。そして手を差し伸べたからには責任があり、誇りがある。途中で投げ出して独りになんてしないさ」

 そう、最後まで護る。

せめてこの町からは亜獣族を嫌う価値観を消し去ろう。

「それに、こう見えて私だって野宿は慣れっこなのさ」

 どう見えてるかは知らないが、戦の度に野営をしてきた、一晩くらいどうということはない。

「だから、遠慮はしないでくれ、な?」

「……うんっ」

 またしてもミィが抱き着き、顔を隠してしまう。

――泣き虫さんめ。


「さ、改めて寝床を探すぞ――」

「あら、こんなところで何をしているんですか?」

 背後からかかる声に振り返ると、見覚えのある女性が不思議そうにこちらを見ていた。

「え~と、あなたは確か……」

「あ、服装が違うとわかりにくいですかね。先程お客様が入らした食堂の店員ですっ」

 肩口程度の茶色い髪にぱっちりした目、雀斑が似合う可愛らしい顔が女給さんと合致する。

「あ~、その節はどうも」

 美味しい料理をご馳走してくれた女給さんだと思い出し、軽く会釈をする。

「お礼を言うのはこっちですよ! 嫌な客を追い払って頂いた挙句、あんな大金まで……と、それでこちらで何を?」

「あー、先程暴漢に乱暴されてたこの娘を助けて、今しがたここの宿屋に亜獣族だからと門前払いを受け、野宿先を探していたところです」

 また嫌な反応をされるのも悲しいが、下手に隠すわけにもいかない。

ミィは私の背後に隠れようとしているが、耳と尻尾が見え見えだ。

「ん~……あ、それなら私の家に来てください! いくらお強いとはいえ、女性が野宿なんて許されません!」

 一頻り唸った後、名案だ! という顔で手を叩き提案される。

「えっと、この娘は亜獣族なんですよ? 嫌がらないんですか……?」

「確かにこの町では亜獣族を嫌う人も多いです。ですが、全員がそういう訳ではありません。少なくとも私は、こんな幼気いたいけで可憐な少女を迫害するなんて出来ません!」

 そう言いながら彼女はミィへと近づくと、抱きしめて頬擦りを始める。

ミィは少し嫌そうだが、先程までの暗い表情は消え去っていた。

「それに、お客様には多大な恩があります、少しでもお返しをさせてください」

「私はそんなつもりでは……いえ、わかりました。それではお言葉に甘えて……ミィもそれで良い?」

 彼女の抱擁から辛くも逃げ出したミィは、しかし逃げようとはせず、

「よ、よろしくお願いしますっ」

 彼女へと頭を下げた。

 その様子を笑顔で受け取った彼女は立ち上がり、

「改めまして、食事処『綽膳しゃくぜん』に勤めております、キャロルと申します」

「私は武蔵、この娘はミィです。お世話になります」

 お互いに改めて自己紹介を終え、キャロルの案内で歩き出した。

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