其之参

「な、なんで入れないんだよ!」

「通行証かギルドカードが無いと入れることが出来ないんだってば……」

 目標達成、ならず。

 町へ入ろうとした所を門兵に止められ、今に至る。

 何度も同じ問答を繰り返し、いい加減疲れた門兵は頭を掻きつつ対応してくる。

「なんで身分証を何も持たずに……」

「それは、目が覚めたら世界樹の下に居たからだと――」

「はいはい、わかったわかった」

 門兵は両手を軽く上げ、俺が悪かったと言いたげに溜め息を吐く。

「このままアンタを追い返したところで、他の町でも同じようにたらい回しにされるだけだろうしな……。それで野垂れ死なれても寝覚めが悪い。着いて来な、ギルドへ案内してやるよ」

 門兵は休憩中だった代わりを呼び、背を向け町中へと歩き出す。

「ごめんなー、あいつ態度は悪いけど根は優しい良い奴なんだ。気に障ったら許してあげて欲しい」

 代わりに出てきた優男そうな門兵に気使われる。

「い、いや。気にしてないさ、ありがとう」


「おーら、早くしないと置いてくぞー」

 尚も背を向けたまま片手を上げてこちらを呼ぶ。

 慌てて軽くお辞儀をし、門兵を追う。


    *  *  *


「ほら、ここがギルドだ」

 食料品や服飾、雑貨に鍛冶屋となんでもござれな大通りを抜け、一本折れた道の先に目的地はあった。

「意外と、小さいな」

 門兵から道中で大勢の人が集まる場所だと聞いてたため、仰々しい建築物を想像していたが、実際は木造一軒家程度の大きさだった。

「大勢集まるってのは嘘じゃねぇよ、一度に集まることは滅多にないってだけだ。んじゃ、俺の案内はここまでだ。じゃあな」

 そう言い男は相も変わらず面倒臭そうに入口へと帰っていく。


「あ、ありがとう、助かった!」

 その背中へ謝意しゃいを述べると、こちらを見ることなく右手をひらひらと振るだけで応えてくる。

 だが、不思議と嫌な感じはしなかった。


「よし」

 遠ざかる背中を少しの間見送った後、ギルドの入口へ向き直る。

 扉へと手をかけ、

「頼もう!」

 一声と共に勢いよく開け放つ。

 突然の大声での来訪に、屋内に居た人たちはなんだなんだとこちらへ視線を向けてくる。


「ど、どうされましたか?」

 帳場カウンタから出てきた受付らしき女性が困惑しつつ対応してくれる。

 私はそんな変なことをしただろうか、と怪訝に思いながらも、受付嬢へギルドカードの申請を伝えた。


「あ、はい、ギルドカード作成ですね。ではまずこちらで仮登録をしていただきます」

 帳場へと促され、渡された規約にざっと目を通す。

 重要な内容としては、ギルドカードにはランクがあり、銅から始まり銀、金、白金、金剛と上がっていく。

 ランクを上げるには、条件を満たした後に試験を合格する必要がある。

 ギルドへ仮登録後一週間以内に試験を受け、合格すれば銅のギルドカードを正式に受け取れる、か。

「読み終わりましたら、個人情報登録、魔法適性をこれで行いますので、こちらに触れてください」

 そう言い取り出されたのは、未記入の仮カードがセットされた、掌より少し大きめの水晶玉だった。

「これに触ればいいんだな?」

「はい、そうすれば下のカードに情報が記載されます」

 規約書を横へ置き、早速右手で触れる。

「水晶が赤、青、黄、緑に光ればそれぞれの属性を表しています」

 すると水晶は淡く白い光を放ち、カードへと光が降り注ぐ。

「白は何属性だ?」

 情報が記載されたギルドカードを差し出しつつ、受付嬢は心苦しそうに告げる。


「白は、無属性。つまり、魔法適性は無しとなっています……」

 苦虫を噛み潰したような、可哀そうな人を見るような目を顔を逸らしつつ向けてくる受付嬢からカードを受け取り、


「無属性か、私にピッタリだな!」


 軽々と言い放つ。

 その発言に受付嬢は驚嘆し、

「あの、気になさらないんですか?」

「ん? あぁ、無いならば、有すればいいだけさ」

 こちらの発言の意味を理解しかねる、といった表情を向けられるが、意にも介せず尋ねる。

「直近の試験日は何時いつだ?」

「あ、えー、明後日の昼からです。会場はこのギルドの裏にある広場で執り行います」

「あいわかった」

 それだけ聞き、さっさとギルドを後にする。


「さて、宿屋を確保しなければ――」

 ぐぅ~。

 漸く緊張が解けたのか、鳴りを潜めていた空腹が主張を始める。

「……まずは腹ごしらえだな」


     *  *  *

 

 ギルドまでの道程を舞い戻り、大通りの隅に構えていた飲食店へ足を運ぶ。

「いらっしゃいませ~、空いてるお席へどうぞ~」

 女給ウェイトレスさんに促され手ごろな席へと腰を落ち着ける。

品書きメニューに目を通して見るが、どれが美味しいのか見当がつかない。


「ご、ご注文はお決まりですか?」

 品書きと暫く格闘していると、女給さんが気を利かせて訪ねてくれる。

「あ、すまない。こちらの料理に不慣れなもので……。おすすめの物を一品頼みたい」

「かしこまりました! お飲み物はどういたしますか?」

「飲み物か、そうだな……」

 水でもいいが、少し趣向を凝らしたい。

 そう思い改めて品書きを眺め――

「あ、ではこの麦酒ビールとやらを」

「ありがとうございます! 少々お待ちくださいね!」

 パタパタと履き物を鳴らしつつ離れていく女給さんのなんと愛らしいことか、などと綻び顔で眺めていると――


「お姉さんかわいいね、一人?」

「俺たちとちょっと遊ばない?」

 下心を隠そうともしていない、如何にもな男二人が近づいてきた。

 一人は対面の席へ座り、もう一人は立ったまま通路を塞ぐようにして話しかけてくる。

「生憎だが、注文した料理を待っている。腹が減って死にそうなんだ、他を当たってくれ」

「そんなつれないこと言うなよ~」

 横に立っている男が右手首を掴み引っ張ってきた。

「……下衆が。どうしても遊びたいというのならそうだな、一人金十五枚で手を打たんこともないぞ?」

「金十五枚って、もう少し貯めれば小型の飛空艇が買えるじゃねぇか、ふざけんな」

 対面の男が鋭い視線で威圧を掛けてくるが、意にも介さない。

「ふざけてるのはどっちだ。こんな可愛らしい娘相手に、はした金でしごいて貰えるとでも思っているのか?」

「なんだとテメッ――」

 安い挑発だが、こちらを見下している相手には堪らないだろう。

「交渉決裂だな」

 掴まれていた右手首を強く引っ張られ立たされる。


「まずはその汚い手を離してもらおう」

「――ッ!? ぎゃぁぁぁああ!! 俺のっ! 俺の腕があああああぁぁぁ……あれ?」

 男は突然手を離し、大声を上げたかと思えば困惑の表情を浮かべている。

「な、なにをしやがった!?」

 椅子から立ち上がったもう一人が、目の前で起こった不可解な出来事に混乱しつつも、拳を振るい上げる。

「女子に手を上げようとするとは、ことごとく下衆め」

 しかし、その拳は振り下ろされることはなく、男の身体ごとその場にくずおれた。

 自分の腕を不思議そうに眺めていた男が、今度は突然倒れ伏した仲間に驚き、

「な、どんな魔法を使ってやがる!?」

「魔法? そんな大層なものは使ってないぞ」

「……は?」

 より混乱している男の首筋へ、鞘に収まったままの愛刀を当てがう。


「殺気だよ。斬るイメージを明確に込めた殺気は、相手にまでそのイメージを半強制的に共有させる。最初お前の腕を斬り飛ばしたのも、こいつを逆袈裟に斬り伏したのも、ただの殺気を受けて勘違いしただけだ」

 膝を笑わせ、今にも腰が砕けそうになっている男へ問う。

「選べ。仲間を連れて惨めに逃げるか、この場で打ち死ぬかを」

 顎までも震わせ、カチカチと歯を鳴らしながら男は――

「す、すすすすみませんでしたあああああああ!!!」

 謝罪の声を上げながら仲間を背負い、早足に逃げ去っていった。


 店内に戻った静寂と、その場の見物人ギャラリーから向けられる視線に急に居たたまれなくなり、

「すまない、お騒がせした!」

 刀を下ろし、一礼をしてそそくさと席へと戻る。

 しかし店内は、私の感情とは反して盛り上がった。

「良いぞねーちゃん! かっこよかったぜ!」

「ヒュー! 見ててスカッとしたよ!」

 客から総出で拍手を贈られる。


「あ、あの。ありがとうございました」

 出来上がった料理を運んできた女給さんからもお礼を言われる。

「あの二人、よくああやって女性客に声かけてて迷惑だったんです。助かりました! お礼に代金は頂きませんので」

「いえ、私はそんな、お礼を言われるようなことなど……それに代金は払わせてください! いくら謝礼とはいえタダ飯を喰らうのは一生の恥!」


 それでもお礼をと言い笑顔を向けてくる女給さんに、謙遜しすぎるのもよくないと感じ、

「では、貴方のその笑顔を対価として頂きますね」

 そう告げ、握手を交わす。

「これでこの話は終わりにしましょう! 折角の料理が冷めてしまいますから」

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