其之弐

「うん、やっぱりコイツが居るとしっくりくるな」

 シュトリから愛刀を受け取り、さっそく腰帯へ差す。

 何度か抜刀、納刀をして身体の感覚を修正。

 如何せん女の身体だ、身長体重筋肉量、骨格構造まですべてが変わっている。

 何かしら問題が発生するはずだが……。


「……違和感が少なすぎる」


 思った以上に軽々と愛刀が振れる。

 生前と変わらないか、それ以上に……。

「こちらでは、保有する魔力によって身体能力が強化されますので。生前と比べ低下した筋肉などを上手く補強しているのでしょう」

「魔力を持つだけで強くなれるのか」

「簡潔に言えばそういうことですね」

 

 魔力とは思った以上に便利なようだ。

 機会があれば詳しく探求してみよう。


「そういえば、ずっと気になってたんだが……」

 後ろを振り返り、聳え立つ大木を見やる。

「この木は、一体何だ?」


「この木は始まりの木、一般には『世界樹』と呼ばれています。唯一神様がマの世界の基盤に定め、最初に創造されました」

「世界樹……すごく、温かい感じがする」

 近くに居るだけで心の奥底まで包み込まれるような、優しい温かさだ。

「それはきっと、世界樹から溢れ出す真那マナによるものだと思います」

「マナって確か、魔法の源……だっけか?」

 受け取った知識ではそんな感じだったはずだ。

「大体そうですね。マナは空気と同じように充満していて、発動者が魔力と心象イメージを流すことにより魔法として発現する、とお考え下さい」

「発動者のイメージ次第でなんでも出来ると」

「はい、逆に想像力が乏しければ、いくら魔力量が豊富でも宝の持ち腐れかと思われます」

 頭を柔らかく、常識に囚われない豊かな発想力が求められる、か……。


 世界樹を見上げ、いつの間にか表情が緩んでしまっていたようだ。

 シュトリが横からニヤニヤとこちらを見でいる。

「な、なんだよ?」

 急に気恥ずかしくなり、ついそっぽを向いてしまう。

「いえいえ、なんでも~」


「そんなことより、ほら! 行くぞ!」

 世界樹の周りは居心地が良いが、いつまでもここに留まるわけにはいかない。

 日はまだ高い、日没までには当分の拠点を見つけなければ……。


「あ、武蔵様……」

「ん、どうした?」

「その、ですね。私が案内できるのはここまでです……」

 もじもじと、寂しそうにしているシュトリに対し。


「そうか、じゃあな!」

「え! そんなあっさり!?」

「いや、今生の別れでもあるまいし。どうせシュトリはヤチの所で一緒にこっちを観れるんだろ?」

「まぁ、そうですけど……」

 それでも少し寂しそうなシュトリへ近づき――

「まぁ見てろって! ちゃちゃっと魔王をぶっ飛ばして、報告に戻ってやるからさ!」

 乱暴に頭を撫でてやる。

「だから泣くな」

「は、はいぃ」


 それでも涙を流し、しかし満面の笑みで送り出してくれた。


「御武運をお祈りしてま~す!」

「おう、じゃあな~!」

 お互いに手を振り、世界樹の足元を後にする。


 暫く森の中を歩き、シュトリの姿が見えなくなった辺りで少し心細くなる。

「別れの勢いで啖呵を切ったものの……」

 人との戦い方ばかり研鑽してきた私が、人外の魔物相手に何処まで通用するのか、未知数すぎる……。


「……ぅんぁ~! 頭を悩ませたって始まらない!」

 右手で頭を掻きむしり、ついでに左手で片乳を揉んで気持ちを落ち着ける。

 まずは一番近い町へ向かわなくては……。


「……町はどっちだ?」

 

 シュトリから受け取った情報を探ってみるが、やはり地図のようなものはない。

「さっぱりと別れた手前、聞きに戻るのもなぁ……」

 振り返りつつ頭を掻く。

 第一、シュトリは既に天上へと戻っているかもしれない。

 出会ってから一刻三十分ほどと経ってないが、意外と信頼していたのかもしれない。


「とりあえず、森を抜けよう」

 視界が開けさえすれば、町や集落程度は見つけられるはずだ。

 木陰から見える太陽の高さからして、日の入りまでは六刻程度だろう。

「それまでには宿を確保したいな」

 そう言って私は、新たな武芸者としての第一歩を踏み出した。


     *  *  *


「やーっと抜けたー!」

 森の中を彷徨うこと二刻強、漸く視界が開けた。

 真っ青に澄み渡る空。

 青々と茂る草花たち。

 雲は空高く位置し、鳥たちの囀りが耳に心地よい。


「ワの世界と変わらないな。あれ・・さえ無ければ……」

 見上げると、雲より少し低い位置を漂うそれ・・が、ちょうど陽光を遮り影を落とす。


「なんで陸地が浮かんでるのかねぇ」

 どうせ魔法の類なのだろうが、さっぱり理解できん。


「さ、そんなことより」

 気持ちを切り替え町を探す。

 視界はかなり開けているが、草原の起伏がそこそこある為すべてを見通すことは出来ない。

「何処かに道さえ見つかれば……お?」

 距離にして四町半四五〇メートルほど程先に踏み固められた砂地が見えた。

「よし、あの道を辿れば日の入りまでには何処かに着くだろう!」

 善は急げ、駆け足で近寄る。

 片側は曲がりつつも森の中へ続いている。

「この道は世界樹へ繋がっているのか?」

 だとしたら最初からこれを辿れば良かったな……と無駄だったかもしれない苦労に気分が下がる。


「シュトリのやつ、知ってたなら教えてくれればよかったのに……」

 そんな愚痴を漏らしつつも歩を進めていくこと一刻弱。


ぐぅ~。

「そういえばまだ何も食ってなかったな、腹が減ってきた」

 森には美味しそうな果物の実った木があったと思うが、旅路を急ぐあまり収穫していなかった。

「抜かったなぁ」

 腹に手を当てつつ、出来るだけ歩調を緩めずに道を進んでいると。


「――何奴!」

 背後から襲い来る気配に振り返り即座に抜刀、視界を奔る黒い影へ剣先を投げかける。

 キィンッ!

 金属質のような音が響き、弾かれた。

「弾いた!?」

 触れはしたが、斬った手応えは無し……何者だ?

 その素早い動きを止め、道の脇からこちらを窺いみていたのは……。


ラビうさぎ?」


 まだ小さいラビだった。

 しかし記憶にあるラビは白い毛並みのはずだが、こいつは真っ黒で目が妖しく輝いていた。

「シャァァァァアアア!」

 ラビは一際大きく威嚇すると、再び突進してくる。

「くっ、はやい!」

 視覚だけに頼れば捉えられない程だ。

 しかし、逆に言えばその程度。

 駆ける足音と駄々洩れな殺気で動きは容易に察知できる!


「――ッ、そこだ!!」

 今度こそ捉えたラビへ一閃。

「キシャアアアアアアア!!」

 手応えは確かに有った。

 しかし斬れたのは、長く鋭利な爪と、胴体の皮一枚程度だった。

 左前脚の爪を失ったラビは、文字通り脱兎の如く走り去っていった。


「な、なにがしたかったんだ?」

 ラビの消えた方向を見つつ、落としていった爪を回収する。

「随分と鋭利だな」

 先端を触れば簡単に穴が開くほどだ。

 試しに刀身を爪で叩いてみると、キンッと金属質な音が鳴った。

「一太刀目を弾いたのはこれか……」

 咄嗟の事とはいえ、刃筋が通っていなかったとは、何と不甲斐ない事か。


 刀を鞘へ納め、しかし周囲への警戒は怠らず、再び歩みを進める。

「記憶違いか? だがヤチがそんなミスを犯すだろうか。では新種か? だとすれば一般常識に含まれないのも理解はできるが……」

 生身の生物が刀身を弾くことなど出来るか?

 それも金属質な音を響かせて……。


 と、そこまで考えを巡らせて思い至る。

 今までの常識が通用せず、しかしこちらでは常識の一部と成っていて。

世界の危機を招いている存在。


「あれが魔物、なのか?」


 そう考えれば新種の案よりも合点がいく。

「……ふふ、ふふふっ」

 理解したと同時、口からは自然と気持ちの悪い笑い声が漏れ出していた。

「あんなに小さい魔物ですら、眼だけでは追い付かないほど速く、刀を弾くほど硬いのだ!」

 これから先出会うであろう強敵へ想いを馳せ、体を打ち震わせる。

「ヤチよ、見ておれ!」

 右拳を天高く掲げ、高らかに吼える。


「私は必ず、魔王を倒すぞ!!」


 気が付けば、空腹はいずこへか。

 満たされた想いを胸に前を向くと、遠くに木製の塀で囲われた場所が見えた。

「――町だ!」

 良い事というのは、立て続けに舞い来るものだと誰かが言っていた気がする。

 はやる気持ちを抑えきれず、駆け足で近寄っていく。


 世界樹の下を出発してから四刻強、一先ひとまずの目標は達せられた。

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