第一章 ~鹿島立ち~

其之壱

「……で?」

「で? と言いますと?」

「この状況についての説明を! 最初から最後まで聞きたいんだけど!?」


 混濁した意識から覚醒したが目にしたのは、今までの常識が通用しない世界だった。

 空には岩塊――陸地というべきか――が漂い、見たことのない果実を拵えた植物が生い茂り、目覚めるまで身体を預けていた大木は、天を突き破らん勢いでそびえ立っていた。


 極めつけは――


「なんで女の子になってるんだああああああああああああああああ!?」

 顔を洗うため近くを流れていた川の水面みなもを覘いた時に気が付いた。

 釣り目気味で高い鼻だが顔立ちが良く、毛先が金色へ階調グラデーションがかった長めの赤髪。

 胸は結構大きく……いや、生前自分に無かったものだから大きく感じているだけかもしれないが。

 見た目は齢二十そこらと言ったところか。

 中々の美少女と成っていた。


「さぁシュトリ、説明してもらおうか!」

「あの、説明しますから……せめてご自分の胸を揉みながら威勢よく疑問を投げかけないでください!」

「わ、私が私の身体をどうしようと勝手だろ! あー、なんで一人称まで変わっているんだぁ!」

 両手で両乳を揉みしだきながら、自分の変化に頭を悩ませ悶えてしまう。

「と、とにかく一旦手を止めてくださいぃ!」

 赤面し目を逸らしながら訴えかけられてしまったので、渋々手を下ろす。


「……はぁ、取り乱して悪かった。聞きたいことは山ほどあるが、まずここはどこだ?」

「えー、ここは武蔵様が居たのとは違う世界。私たち天上の民はマの世界と呼んだおります」

「マの世界?」

「説明すると長いのですが……よろしいですか?」

 あまり長い説明を聞くのは時間が惜しいが、疑問を残すことはしたくない。

「この際だから全部聞くよ、頼む」

 こちらの意思を確認し、語りだされた話を要約するとこうだった。


 天地を創造された唯一神は、人と動植物が平和に共生する世界を求めて、お互いに絶対干渉することのない平行宇宙を五十も生み出した。

 そしてそれぞれの宇宙に似て非なる環境、動植物を創り途方もない年月見守り、時には神自ら正しい道を示してきた。

しかし、その甲斐も無く多くの宇宙が滅び、今では二つだけになってしまった。


「あなた方日本人が扱っている仮名かな文字は、元々は神名かな文字、神が名付けた宇宙の種類を表す文字でした。五十の宇宙を区別するための神名文字五十音なのです」

「じゃあ、私の元居た世界は天上の民からは何て呼ばれてるんだ?」

「ワの世界です。およそ一八〇〇年前、明朝……今は清ですか。とにかく当時の漢から『倭国わこく』と揶揄やゆされていましたが、これは神名のが倭へ転化したためです」

 天上は意外と現界に干渉しているよいうだな、これは。


「それで今残っているのが、マとワの二つと」

「はいです」

「それじゃあ、なんで私はマの世界へ飛ばされたんだ?」

「それが、ヤチ様が武蔵様に与えられた二つ目の機会です」

「そういえばそんなこと言ってたな。大体なんの機会だってんだ?」


「武蔵様が天国へ昇る機会、です」


「……詳しく頼む」

「武蔵様は武芸者としての道を極めるべく、多くの武芸者と戦い、殺めてきました。これは人の世では仕方のないことだとしても、私たちから見れば重罪です。なので本来であれば地獄、修羅道しゅらどうあたりへ堕ちて修行してもらうのですが」

「ですが?」

「一つの道を究め、それを後世のために書き残した偉業は尊敬に値します。ということでタイミングもよかったので特別措置となりました」

「特別措置なのはわかるが、それがこの世界と何の関係があるんだ? あとタイミングとは」

「どちらも同じ理由なのですが、簡単に言いますと――」

 まっすぐに、こちらへ満面の笑顔を向けたシュトリは口にする。


「武蔵様に、この世界を救っていただきます!」


「世界を、救う……? 私が?」

「はい!」


「ちょちょ、ちょっと整理させて……」

 いやいやいやいや、話の規模がデカすぎるって、いやまあ平行宇宙とかさっきから話の規模は大きかったけども!

 今まで武芸者として身を立てることしか考えてこなかった私が救う?

 世界を??

 どうやって???

 確かに五輪の書には『一つの道を極めれば他のことにも通じる』的なことは書いたけど、それは身の回りのことであって、こんな大きな規模じゃなくって!

「あ、あの~」

 織田信長みたいに国一つ治めるくらいなら夢見たけど世界って……世界って!?


「あ、あの!」


 シュトリの呼びかけにハッとする。

 目が回らん勢いで流れていた思考を止め、返事を返す。

「はい、なんでしょう!」

「そ、相当混乱されてますね……。そこまで難しく考えないでください。やることは今までと同じように敵を倒すだけですから」

「は、え、でもそれは重罪なんじゃ……」

「相手が真っ当な人間であれば重罪ですが、今回はそうではありません」


「相手は、人じゃ……ない?」


「ご明察です!」

 シュトリは人差し指を軽く振り、得意気に続ける。

「先程、ワの世界で和が倭に転化したと話しましたが、それはこちらも同じ。マは本来『』、唯一神様は正しい世界を期待されました」

「確かにその字なら期待するだろうな」

「しかし、『真』は次第に『』へと成り、邪な考えを持つ魔物が生み出されてしまいました」

「魔物……」

「武蔵殿にもイメージしやすいのは魑魅魍魎ちみもうりょうでしょうか。魔物はそれよりも凶暴で狡猾で惨忍ですが……」

 確かに魑魅魍魎は滅多に見掛けることはない。

 こちらから不可侵を破った場合に警告や報復をする程度だ。

「ですが魔物も初期段階ではさほど問題ではなかったのです。住民たちも力を合わせて撃退し、平和に暮らしていました」

「それがなんだって救わなくちゃならない程の危機に見舞われてるんだ?」


「十年ほど前、武芸に秀でた一人の人間が魔を根本から絶つために旅に出て、そのまま心を魔に侵されてしまいました。結果、魔の力に溺れた人間は自らを魔の王として、世界を手中に収めようとしているんです」

「それが世界の危機ってことか」

「はい、それが先程の『この世界』と『タイミング』への答えです」


「……つまり、だ」

 ここまでの話を、相当私なりに曲解をして呑み込んでやるが、要はこういうことだろ?


「新しい体と人生で、武芸者としての道を継続できるってことだよな!」

「ま、まぁ、そういうことにもなりますね……」

 アハハ~と乾いた笑いを漏らすシュトリを尻目に、俄然がぜんやる気が出てきた!

「となればまずは物資やここら一帯の情報集めから……なぁシュトリ、こっちで日本語って通じるのか?」

「あ、その辺について忘れてました!」

 どうやらヤチからの手向けはまだあったようだ。

「まず、この世界の一般常識についてはこちらを」

 そう言い、シュトリが手をこちらへ差し出すと、小さな光の玉が現れ私の中へ消えていった。

 すると同時に言語や動植物の種類、魔法に関する簡単な知識などが一気に頭へ入ってきた。

「うっ……」

 突然の情報量に眩暈を覚えるが、シュトリは気にせず続ける。

「で、こちらが最低限の出立資金です。これで道具など揃えてください」

 ゴソゴソと、どこから取り出したのか、シュトリよりも大きな布袋を背後から取り出し渡してくる。

 結構な量が入っているように見えるが……ざっと金三十くらいか。


「そして最後の一つは、武蔵様に決めていただきます」

「私が決める?」

「はい、実現できることならなんでも、と主様が仰っております」


 そうだなぁ、先程知った魔法とやらの知識が気になる。

 この世界では一般的な法則らしいが、巧みに扱える適性があれば楽に戦いが行えそう……いやいや、武芸者として戦いに楽さを求めるわけにはいかんな。


 ならば……。


「一つ欲しいものがある」

「はい、なんでしょう!」


「私の愛刀『和泉守藤原兼重いずみのかみふじわらかねしげ』を」

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