6日目 予想以上

彼曰く、ここまでの案件は初めてだ……。


 ***


本日は晴天なり、雨の予報はなし。

気温は少し高め、突風が吹くことがあるでしょう。

桜も満開で見ごろを迎え、春らしい陽気に包まれそうです――。


外の天気は思ったよりも健康そうで、しっかりと体調管理をされているらしい。

地球の自浄作用と四季を忘れさせない循環システムに感謝しながら、今日も出勤。

気持ちのいい暖かさに思わずくしゃみをしながら仕事をしていたのですが……。


「これ僕に回してください」

「すみません、カメラワークを調整したいです」

「ここの色塗りのところ、間違っていないですか?」

「動きがアヤしいので素材確認します」

「すみません!まつ毛、こだわらせてください!」


出るわ出るわ、リテイクの嵐。

春の陽気どこ行った、まるで8月の台風か、9月のハリケーンじゃないか。

……嵐なのはどっちも一緒か。

だけど正直私も納得してしまっていました。

それくらい、ひどい……とまではいかなくとも、キャラが似ていないところが多い。

絵を作るというのはこだわればこだわるほど時間がかかるもの。

時間がかかるということは、この仕事への集中度が上がるわけで、そのしわ寄せは他の仕事に及んでしまうのです。

つまり、いくら時間があるとはいえ、リテイクをすべてさばこうとしたら、他の仕事のスケジュールにだいぶ余裕を持たせていないと難しい。


別にリテイク出すのは構いませんがね、どうなっても知りませんよ?


私たち制作は、自分で描いたり撮ったりするわけではない。

あくまでお金と納期、次のセクションへのスムーズな仕事の受け渡しをするためのセクション。要するにハブ。

ハブの機能として、私は十分に力を持っているとある程度は自負しているけれど、他の部分の責任までは持てない。

自由にやらせるのはよくても、好き勝手にその範囲を広げた結果、私の責任にされても困る。

だからこちらとしては必死に回すしかない、ある程度の妥協を許してもらいながら。


この仕事は大変です。自分の力量で作品がいい方向にも悪い方向にも転がる。判断を誤れば納期に間に合わないし、下手したらすべてを自分の責任とされてしまうかもしれない。抱え込みすぎる人には向いていないと思います、メンタルアウトしてしまった新人を何人も見てきましたから。


反面、仕事が終わったときの達成感は大きい。関われば関わるほどに、自分と作品の距離感は近くなるし、それはつまりクリエイターとの信頼関係の一助にもなる。助け合って、ぶつかって、いろんないざこざを乗り越えながら作り上げる。

モノづくりを楽しめる人は、結局のところ人付き合いを苦に思わない人なんだと思います。


とはいえ、あまりにも多いリテイクには文句の一つくらい言いたくなる。

「なんでこんなに直さなあかんねん……」

久しぶりに泣き言、ちょっとすさんだ気持ちが見え隠れ。

予想以上の仕事量に辟易しながら、明日からの作業のために今日のところは早めに帰ろう。

こんな日もありますよ。

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