28日目 初体験

彼曰く、目の前のことに必死だった。


 ***


平日火曜日、会社にて。

めったに入らない会議室、座りなれないパイプ椅子の上で。

私は初めての体験をした。


その場には6人の人間がいて、うち1人が外から来た人間だった。

おそらくこの会議室を使うのは、彼女も初めてだろう。

勝手がわからず、土足のまま会議室にあがろうとして先輩に止められた。

専用のスリッパがあることは、私も知らないことだった。


彼女と対面するのは今回が2回目になる。

別の棟から一緒に案内してきた監督、目の前に座っているPは顔合わせも含めてすでに何度か会っているはずだ。

他にいる2名――企画側の人間も、今回の仕事を依頼するにあたりメールなどでやり取りを重ねている。

彼女も多くの作品を抱えており、売れっ子として業界での知名度は高い。

苦労して連れてきたのは間違いない。

そうだと確信できるのは、企画の内1人が彼女の前作を高く評価しているファンであることを隠しきれていなかったからだ。

「前にやっていただいた作品が好評だったからこそ、続編の今回もまたぜひやっていただきたいなと思いまして!当時はいち視聴者としてでしたが、今では裏方として一緒にお仕事させていただけることにすごい感動しています!」

興奮冷めやらぬうちに終わった前回の打ち合わせから落ち着かないのか、今回も企画人のテンションが高い。

それは私もそうだった。


この打ち合わせで、ついに1本目のまとまりが出来上がった。

前回彼女が不安に思っていた点を解消するだけで終わり、ほとんど決まらなかった話が、上がってきた原稿を見て驚いた。

あれだけ迷いを見せていたのに、1週間ほどでしっかり形にしてきたのだ。

さすが、本筋の人間は力量が違う。

隣で議事録を担当していた私も、打ち合わせ前に目を通していたが、気にかかるところはほとんどなかったと思う。

雰囲気に流されて、どのシーンを削ればいいか悩ましく、かといって演者任せにしてしまうと余計な詮索を生んでしまい、視聴者が面白くない。

私にはまだ想像もつかない部分で意見をぶつけ合う先輩たちの言葉ひとつひとつに、不思議な重みがあるような気がした。

うなづきながら、机の上でやり取りされる言葉をPC画面に打ち連ねていく。

テンポよく進む会議とは裏腹に、私の指運びはつたなかった。


自分のことで精いっぱいだったが、得たものもあった。

初号をはまず、自分の詰め込みたいものを入れて提出する、ということ。

尺や予算の都合、内容面、企画面での今後の展開などを考慮するのは、会議の場でよく、方向性が定まりきらないところは現場の意見を加味しつつ調整していけばいい。

自分1人で作っている企画ではないが、周りの意見を取り入れるにはまずは自分の意見を持ってからだ。

なぜその意見になったかを説明するには、核になる部分が必要なのだ。


就活時代にも感じた、私にまだ不足している部分だ。

ただの文字打ち人間にならないように、精進しようと感じた。

ずっと座っていて、腰が痛くなるのも気にならないくらいになれる日が、私にもいつか来るだろうか。

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