9日目 早めの出勤
彼曰く、朝早く起きること、一日を始める面倒さ。
***
朝起きるのは勇気がいる。
会社に行くのにも勇気がいるし、家を出るのにも勇気がいる。
家を出る足取りが重い。
それでも仕事にはいかないといけない。
寒空の下、髪を揺らす風。
気持ちとは裏腹に、進む体がもどかしい。
電車に乗るのも正直嫌だったけれど、歩いていく方がもっと嫌だ。
自分の力で行くよりも、ここは文明の力に頼った方がよさそう。
面倒だなぁ。
しばらく自由にしていた分、現状の変化にすっとぼけたふりをするのも疲れてきた。
気になるものは気になるのだ。
私も人間なので、周りで起きていることをすべて無視するのは難しい。
無視して何も思わない人間は、その組織とは全く関係のない人間だ。
自分のことを冷酷な人間とは・・・、まあときどき思うけれど、残忍な人間とは思わない。
漫画のよくある極悪キャラよりは自分の組織の人間を嫌っていないから。
私の組織は今、あまりいい環境とはいえない。
職場で大事なのはいい環境をそろえること。
自分の仕事を全うするために、知識を蓄え、経験を積み、多少の援助を受けられる環境が重要なのだ。
でもその環境をそろえるには、どうしても時間が必要になる。
当人が理解し、吸収しきるための時間が。
一方で世の中にはびこる仕事のほとんどには時間がない。
考える時間も、耐える体力を鍛える時間も、いろんなものが足りていない。
締め切りは、動かない。
限られた時間のなか、仕事を遂行するには考える時間をそれぞれのために分け与えるのは難しい。
こういう時に一番効いてくるのが、考える頭を一つに統一して、手足を増やすこと。
一つの目的のために、全体を動かすための特効薬。
大仰に言えば、考える人間を一人に絞って、それ以外の人間をただの動く人形にすること。
これは、とてもつまらない世界だ。
はたから見れば仕事が動いているように見えるけれど、中身を見てみれば一党独裁。
そういう環境になるにはいくつか要因がある。
大きなものの1つとしては個々人の欲による暴挙、反抗。
もう1つは担当者の欠落による状況悪化。
今回の場合は後者、後輩の一人が会社に来れない状態になってしまったのだ。
身体的にも、精神的にも追い詰められていたのかもしれない。
彼にとっては3本目。
しかし1本目は最後まで終えることができずに私が引き継いでいるし、2本目に至ってはまだひと回しし終えたばかり。
これから修正作業を始めるというところで3本目のピークが来てしまった。
もともと入社当時から彼を見ている身としてはもう少し粘ってほしかったのだけど、どうも彼には我慢が足りなかったらしい。
いや、我慢が足りなかったのか。
それとも彼自身のメンタルが弱かったのか。
いずれにせよ、環境は悪くなってしまった。
私は実働隊の中でも3番目くらいの位置にいる。
1番目と2番目は頭を動かす役割をしつつ、実務にまで手を出し始めている。
一方で私より下の世代はまだ自分で考えるには弱いところがある。
その点では私もまだまだなのだが、下に比べれば経験はあるのは事実。
まだ思考を上に頼る子たちが多く、危なっかしいところもあるのは入ったばかりのころの私を見ているようで、ちょいと懐かしい。
確かに現状、私は自由に動くことができる立場にいるけれど、人間なのだ。
現環境は、実につまらない。
つまらない職場に行くのは、足取りが重くなるものだ。
面倒だなぁ。
徒歩で会社に行くのと、つまらない職場で肩身を狭くしているのと、どちらが面倒なのだろうか。
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