4日目 『檸檬先生』

彼曰く、何よりも鮮烈な赤を残して、彼女はその命を消した。


 ***


『檸檬先生』珠川こおり


小説現代長編新人賞、最年少で受賞したデビュー作。

小中一貫校に通う小学3年生の主人公・私が出会ったのは、長い黒髪を持ちレモン色のオーラを纏った少女だった。


この小説の面白いところは色を強調している点。

私が最近関心を寄せている”色”をテーマに、数字や文字に色が見える「共感覚」を持つ少年”私”が、同じ共感覚持ちの少女・檸檬先生と出会い、いじめの原因となっている感覚と向き合い成長していく物語。

音楽が色づいて見える、と言うが、文字通り聴覚情報に視覚情報である色がついてくる人がまれにいるということを知ってはいたけれど、実際に会ったことはない。

想像の範疇にしかならないけど、人の顔にまで色がついて回る”私”の生活は生きづらいんだと思う。


しかも”私”は小学3年生。

自分の感覚が他人と違うことを認識していても、それをどう表現すればいいかわからないし、他人から理解を得られることはまずない。

音楽の授業で聞く名曲は、”私”の中では汚い色の混じった乱雑な音の旋律でしかない。

普通の授業でも文字を色で記憶して、いい点数を取っているものだから教師にはカンニングを疑われる始末。

周囲の普通とは違う、奇怪な”私”は異端者としていじめの対象となっている。


そんな彼が音楽室で出会ったのが中学生の少女。

他の人からは不協和音にしか聞こえない旋律だが、彼女の奏でるそれは”私”にとっては名曲だった。

重い扉を開けて少女と対面する。

中学生にしては大人びた容姿、すらりと伸びた白い肌の腕、黒くやわらかなストレートヘア、切れ長の瞳を持った彼女はうっすらとしたレモン色に見えた。

”私”にとっては衝撃だったと思う、自分と同じ感覚を持った人間がいるということを知ったのだから。

名前も知らない少女を”檸檬先生”と呼び慕い、”私”は自分の感覚と向き合うことになる。


マイノリティ、というのは世の中どこにでもいると思う。

でもその当事者でない限り、その居心地の悪さは経験のしようがない。

まして子供のころの覚束なさと言ったら並大抵のものではないだろう。

その中で同じ感覚を持った人間がいるということの心強さは、まさに暗闇の先にある一筋の光明だ。

それにすがっていくのは当然のことだと思う。


だがその光が同じ原理を持っているのだとしたら。

視点を変えて、その光にとって”私”が一筋の光明に見えていたのだとしたら。

それは”私”だけの話ではなくなる。

”私”主観で語られる本作は、マイノリティを受け止め、自分の弱さを克服していく成長の物語であると同時に、その弱さを克服できずに闇に引きずられてしまったものの物語でもあったのだ。


コミュニケーションが苦手な私は、あるとき先輩にどうすれば自分の言いたいことが伝わるかについて尋ねたことがある。

先輩はこう答えた。


「自分の言語と相手の言語が常に同じだと思わないことだ」

「同じ日本語でも、育った環境、知識、経験によって、言葉の意味合いが変わる」


同じ日本国籍の人間でも、生まれた場所が違えば道具も考え方も変わる。

北に行けば行くほど味が濃くなるが、南に行くほど味が薄くなる醤油のように。

それは言葉も同じこと。

自分の見えている景色、自分の使っている言葉が違うというのは、ちゃんと伝えないとわからない。

その壁を小さいころに克服することができれば、周りの目は随分と変わり生きやすくなる。

逆に言えば、早いうちに克服できなければ、心はどんどん脆くなる。

マイノリティ以外にも通じる心構えだと感じた。


同じ感覚を持った人間の2通りの結末。

様々に色づく世界がきれいにも、汚くも見える。

縹、あやめ、カーマイン、マルーン、納戸、バイオレット、そしてレモンイエロー。

脳内キャンバスを色をぶちまけながらこの世界を堪能できれば、現実がもっと面白みあるものになるだろう。

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