5日目 二人語り

彼曰く、自分を出していくことが大事だよ。


 ***


緊急事態宣言が明けて少し。

久しぶりに先輩と飲みに出る。


酒も、となるとこの先輩と外食自体も久しぶりな気がする。

ここのところお互いに忙しくなり、自分の状態を話すことも減ってしまった。

というと、以前はすごく先輩に何かを言っていたみたいになってしまうけれどそういうわけではない。

でもコロナ禍というのもありいろいろたまっているのも事実。

口から出まかせ、のついでうっかり本音がこぼれてしまうかもしれない。

ちょっとした予感を覚えながら仕事終わりにちょっと一杯付き合うことになった。


先輩も飲むのはとても久しぶりだという。

飲むどころか、最近は夜にご飯を食べる量も減らしているようで、ほとんど食べない日もあるんだとか。

どうも胃腸の調子がよくないらしい。

私のように食べることに生きがいを求める人間にとっては、そんな未来は生きづらいことこの上ない。

この前の健康診断、結果が少し良くなかった私だけれど、食べれるときに食べておきたいので、あまり食べないかもしれない先輩の前でも堂々と食べる。

決意をするまでもなく実行に移してしまうのが私の図太さだ。

先輩が注文するのに合わせて私も食べたいものを注文する。


こじんまりとした小さな焼肉バー。

ひとり飲みには最適、こんなところに通えたら私もきっと大人になれる。

子供っぽい思考で店内をきょろきょろしていると注文の品がやってきた。

少し広めのカウンターに、2人分の肉が様々並べられる。

各々好きなものを焼きながら最近の職場について話す。


やれ上司がきっちりしすぎているだの、後輩の面倒を見るのが面倒くさいだの、システマチックになってきた作業に反旗を翻したいだの、でもそうするには度胸もないし時間的猶予もないだの。

角切りのハツが焼かれるころには、愚痴の量も増えてヒートアップしてきた。

この会話を聞かれたら炎上間違いなし。

絶対ないはずの隠しカメラがあったりしないかと頭の片隅で疑いながらも、口からはとめどなく言葉が漏れる。

自分の中ではストレスとうまく付き合っているつもりでも、やはりため込んでいたものがあるらしい。

自己主張の弱い自分でも、らしくないと実感する。

実感しながらじっくり焼いたハツを口に放り込む。

いい弾力が歯に響く、うまい。


「今の環境だと上の人間がコントロールしすぎているから、なかなか下の人間に主体性が生まれない。次の現場になったときに自発的に動くことができるか、そこが怪しい。今回の現場でのコンセプトとしてはうまく行ったけれど、こういう弱点も見つかった。プロジェクトを先に進められるという利点を生かしつつ、個々人の個性をもっと出せるような考え方を組み込むことが次の課題。」


正直今の現場がつまらない、という私の言葉に対して先輩はそう回答した。

つまらない原因が自己主張ができないことだとは、目からうろこ。

というか自分のボトルネックに感じていたことがまさに環境のボトルネックでもあったとは、妙に納得してしまった。

だが逆に言えば私自身の弱点も見えてきたということになる。

私の今後の成長のためには、この弱点は克服すべきもののはず。

3杯目にゆず酒の水割りをおかわりした頭で、何となくそんな思考を喉に流し込んだ。


静かな決意を感じながら、先輩と店先で別れて家路につく。

普段は通らない道の夜は、思ったよりも冬の訪れを色濃く感じる肌寒さだった。

入れ込んだポケットの中の手にこもる力が少しばかり強くなった。

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