3日目 文化的

彼曰く、文化の日だ、本を読もう。


 ***


文化の日。

国民の祝日の一つらしいけれど、わざわざ水曜日にしなくてもいいじゃない。

そう思うのは私だけだろうか。


週休二日制に縛られて自分の好きな時に休みづらい会社員の立場には、祝日をずらすということもかなわない。

「国が決めたから」というよくわからない理由で休みになることが、子供のころはあんなにうれしかったのに、大人になると素直に喜べない。

その理由を探している。


文化の日、というくらいだから、何か文化的なことをしたいと思い立つ。

健康で文化的な最低限度の生活を日頃送っている自分としては、思い立ったところでさて文化的な生活とは何か、と問われるとこれまた回答に困ってしまう。

憲法が定義する文化的な生活とはどういうものなのか。


ぱっと思いつくのは伝統文化。

歴史上重要とされ、国や組織、個人によって保護、もしくは継承されているもの。

ある程度の形式が整った遺産であり、有形無形にかかわらず国民性を表すものとして過去から受け取り、未来へ受け継ぐべきもの。

日本なら歌舞伎や能、着物や和服などの服飾や、祭りなどの行事もそうと言える。

近年は伝統文化の担い手が少なくなり、技術や様式の継承が難しいと取り上げられることも多い。

こうした危機に瀕している文化を守ることが文化的生活かと言われると、これは違う。

憲法によって文化の一角のみを保護しようとするのは、公共性に欠けると言っていいと思う。

ではIT生活や、都市生活の保護を厚くすることだとも言えない。

一方では文化の享受であり、一方では文化の強制ととれる。


文化、を抽出するのがそもそも間違いか。

であれば「文化的生活」というものを考えたとき、それはどういう生活をさすのか。

生活する上で必要なことは、生活環境、それを支える施設や資金、契約など様々あるが、これらは”最低限度”でまとめていいと思う。

”健康”なのは運動や食生活、これを維持するための設備や備蓄など、があってこそだし、それに結び付く生産活動は生活を維持する上でも最低でも必要なことだ。

そしてこれらは個人により差がある。

1日3食は必ず食べたい人もいれば、何も食べずに過ごしても平気な人もいる。

1日の睡眠時間として9時間しっかりとらないと気が済まない人もいれば、4時間くらい寝れば十分という人もいる。

生活する上で必ず家計簿が必要とは言い切れないし、絶対に節約しないといけない人もいる。

仕事人間もいれば、一生フリーター親スネカジリ虫もいる。

これらを決めるのは環境でもあり、見聞きして経験したもので、自分にとってどういう生き方がいいかという自分基準のものだ。


そう考えると、文化的に生きるというのは、人生をどう生きるかを自分で決めることなのではないだろうか。

自己決定権、というのは子供のころに身に着けるのは難しい。

しかし社会に出たとたんに義務教育や親の保護下という制約が取っ払われて、自己実現が求められるようになる。

求められるというと、強制されているように感じるけれど、実のところその権利が与えられただけで、私たちがその権利をどうとらえるかによるものなのかもしれない。


私たちは普段から憲法を意識して生活しているわけではない。

それは実のところ、憲法で享受できる権利を無意識のうちに当たり前のものと感じているからなのではないだろうか。

私たちはこの世に生まれてから自然と歩くことができるようになるし、当たり前のようにご飯を食べ、排泄もする。

これらと同じように当たり前だと考えているから、ふと視線を向けさせられたとき、根本の疑問を持つことになるのだ。

この私と同じように。


でも生活を守るため、自活するための最低限の行為以外をしようと考える時点で、十分文化的な生活ができているということなのだ。

だとすれば、この祝日に何をしようが文化的な生活をしていることに変わりはない。

私は今日も平和に生きていけるのだ。


だが改めて考えるとするならば、考える機会が欲しいのならば。

文化の日という祝日に私は本を読むことにする。

これも一つの自己決定権の行使、うん、文化的だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る