2日目 『アイの歌声を聴かせて』

彼曰く、幸せの形は人それぞれ。


 ***


『アイの歌声を聴かせて』

監督・吉浦康裕


『イブの時間』『サカサマのパテマ』などのインディーズに近いアニメーション作品を手掛けてきた吉浦さんの新作長編アニメーション。

ここまで大々的に広告されて発表されたことに驚きを感じつつ、期待を込めて見に行きました。


実は私、『サカサマのパテマ』鑑賞時に大きな驚きを味わったのです。

重力サカサマのヒロインが、空に向かって落ちていく。

このキャッチコピーだけで「え、どゆこと?」と興味を引かれます、引かれませんか?


 隣にいる子がUFOにキャトられるように空に吸い上げられるのかぁ


違います。

正真正銘重力がサカサマの世界に生きているヒロインが、主人公の生きる私たちと同じ重力の向きの世界にやってくるのです。

ハラハラドキドキの場面がたくさん出てくるシーンに毎度ドキドキする感覚、想像もしていなかった世界観に感じるセンス。

どれもが私の性癖にぶっ刺さりました。

このままいくと『パテマ』の感想になってしまうので、この話はここまで。


さて、『アイうた』。

とてもよかったです、また刺さった。

今までの吉浦さんの静かなSFには突き抜けて明るい感情みたいなものが少なかったのですが、『アイうた』はやかましさ(いい意味で)が服を着て歩いているようなポンコツAI・シオンがいます。

秘密の実証実験機ということは隠して学校に通うことになった彼女の正体を、ひょんなことから知ってしまう主人公のサトミ。

ちょっとした衝突をきっかけとして秘密を共有した幼馴染のトウマ、クラスメイトのゴッちゃんやアヤ、柔道部のサンダーは振り回されてばかり。

わかりやすく、あっさりとして明快な友人関係は作品を爽快で晴れやかなものにしているし、そこにちょっとしたファンタジー性も見え隠れしている。


そこに吉浦さんの新しい感性があるように感じました。

きっとそれはサトミ以上に目立つシオンが、周りの視線も気にせずにサトミに友達を作らせようとしたり、楽しくなるようにわざと危険な場面を作り出したりするから。

どれもがわざとらしいからこそ、逆に面白みがあるように感じるんです。

何かを変えるということは、突き抜けたことがあって初めてできる。

でもそれは小さな勇気を出すことで生まれるもので、きっかけは何でもよかったりする。

思春期を迎えた若者の独特な悩みや葛藤を吹き飛ばすくらい、楽しく描かれた群像劇です。


何より助長しているのはシオンが急に始める一人ミュージカル。

シオンを演じる土屋太鳳の、高くよく通る声がシオンの性格が突き抜けて明るく、混じりけのない純粋な想いでしている行為だということを示すかのよう。

音楽もいいです、サントラほしい。

AIであることを生かして、ネット接続している学校設備やソーラーパネルなどの施設を利用して大々的に行っているのもミュージカルっぽい。

現実ではなかなかできないことができる、アニメならではというか、フィクションならではの表現が秀逸だと思いました。


そして明かされるシオンの秘密。

会った当日からサトミの幸せを願っていた彼女にはどういう経緯があったのか。

いろいろ想像はしましたが結局当たりませんでした。

理由を知って涙するサトミにつられて、私も思わずうるっと来ました。

自分のことを思ってくれる人の存在(人ではありませんが)がどれだけ大切なのか。

たった5日間の出来事でもサトミの心には一生残る思い出になったはずです。

それを証明するかのように、シオンが見せた思い出もまた文字通り一生ものの宝物でしたから。


演出としては、「ありえる未来のAI」という設定が印象的でした。

昔と違ってAIと暮らす未来というのは実現に近いところまで来ています。

チェスをするAIやAIスピーカーなどがいい例ですね。

サトミたちの街は実験都市とはいえ、随所にAIと共存した生活感が見て取れます。

しかもそれが完全ではなく途上であるのが効果的に働いているのでしょう。

明るい希望を見せてくれる絵になっています。

わざとらしさを再度挙げるわけではないですが、シオンのキャラクター性はしっかりなされていると感じました。

人間と遜色ない見た目ながら、視線の動かし方やずっと水中にもぐっている場面、場の空気を読まずに突拍子もない行動に出る点はロボット的。

パンフにある土屋太鳳のインタビューで、「ロボットは呼吸しないから、語尾が伸びないように気を付けた」というのを読んで、細かいところまで設定されているなと感じました。

それと思い返せば確かにと思ったのが、シオンが悲しい表情をしている場面がないこと。

緊急停止してロボットだとばれてしまった時にも、表情がいびつになったり目から光が消えたりすることなく、笑った表情のまま止まってしまう。

たとえ活動停止しても愛着のわく表現になっているところがどこかかわいかったですね。

他のロボットも技術的には現実でも作れそうな構造をしていますが、親しみやすい顔のパーツや表情豊かな簡易モニタなど、随所で先進性を感じます。

実際にこうしたロボットが現れるのはずっと先のことだと思いますが、ぜひこういう楽しさにあふれたものになるといいなと思いました。


若くて瑞々しく、前向きでポジティブになれる物語。

瑕疵のないハイクオリティな作画に、挑戦的なCGや撮影、テンポのいい展開と軽快な音楽。

楽しさにあふれた作品でした、また見に行きたいです。

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