23日目 重荷

彼曰く、よくないムーブが続いている。


 ***


抱えることのできる荷物には限界がある。

当たり前だ、人間の方には上限があるんだから。

機械やロボットみたいに体の一部を拡張することは出来ないし、馬力を急激に向上させることもかなわない。

一昼夜で済むパワーアップ方法があるなら、とっくの昔に人類はみんな超人になっている。


男なら室伏広治、女なら吉田沙保里。

霊長類最強の名を恣にしている生物は、それでもただの人間だ。

いくら体を鍛えても、彼らが身に着けることのできる筋繊維には上限があり、消費することのできるカロリーにも限界はあるだろう。

本人じゃないからわからないけど、もし彼らが人間でないとしたら、すでにそういった報道がされていてもおかしくない。

報道の世界はマイノリティーを追うことに躍起になっているのだ、その手のネタを逃すはずもない。

この日本にスーパーサイヤ人がいたと知ったら、まず神龍が黙っていないだろう。

世界を壊しにやってくる、鳥山明に先導されて。


先日勢い込んで買った本が、部屋の片隅に平積みされている。

本屋で見た時よりも低い位置にあるそれは、手に取ったときの感動も薄れてしまった。

その位置にあるのが当然というように、手の届きにくいところにあるのは不可抗力か何かなのだろうか。

だとしたら勝った瞬間の「読みたいから買おう」という気持ちも、ある種の不可抗力だったのだろうか。

耐えがたい欲求不満の爆発に呑まれて、深く考えず金を使うという、風俗に溺れた人間のような出費の仕方が私にもできたとは、ある意味感動してしまう。

どうしたらそんな豪胆な人間になれるのか。

何かで大きく稼ごうという胆力もない癖に。


よくない流れが続いている。

現実でもそうだけど、精神的にも。

限界というわけではないけれど、しばらくゆるりとした生活が続いたせいか、限界値が下がっている傾向にある。

以前までは許容できた範囲の不満や怒りが、体の不調となって表れている。

目が痛い、体の節々がきしむようで、頭が重く、思ったように休めていない。

つい先日、健康診断とともに帰ってきた、ストレスチェック診断の結果には「あなたはストレスをうまく回避しているようです」と、感情のない文字で誉め言葉が書かれていた。

その結果を見て、「まあそうよね」と少しばかり鼻を高くしていたのもつかの間。

土曜を迎えても気が休まらず、目覚めて早3時間、今もまだ布団に突っ伏している。

スマホのバイブがLINEの新着を告げ、首の角度だけを変えて確認すると、大学時代の友人からの連絡だった。

「やほ、元気?」

コロナ以前に一度会っただけだから2年ぶりか。

ドロドロの怪物のように、右手を振り上げてスマホをつかみ、のそのそと返信を打つ。

「久しぶり まあそれなりに」

「なんだそれ」

「いつも通りだよ、変わらない」

以前に一度連絡がきた友人と同じく、この友人も今の私の姿を見たら「相変わらず社畜極めてるな」というのだろうか。

極めているわけではないのだが。

「相変わらず大変そうにしてるな」

だがやはり私のことを多少知っている人間だ。

もしくは、私の打つ文字にだけ負のオーラが乗ってしまう仕組みになっているのかもしれない。

いずれにせよ自分の状態がよくないことが露呈してしまった。


懐かしい会話に気を取られながら、頭の片隅では気疲れしている休日をこのまま使いつぶすことに嫌気を感じていた。

でもそれを払しょくすることができるほどの元気は沸いてこない。


「ちゃんと休むか」


心の声が画面に映ってしまい、慌てて消去する。

会話の最後、「ちゃんと寝ろよ」という友人の気遣いが、やけに優しく感じられた。

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