22日目 瑕疵

彼曰く、ちょっとの傷が大きな痛手。


 ***


人と話すときにはちゃんと目を見て話せ。


子供のころ、両親にさんざん言われてきた。

耳にタコができるほど聞いたせいで、その言葉が聞こえなくても

「ああ、どうせ今ごろ目を見ろって言ってるんだろうな」

と、俯きながらでもわかるようになってしまった。


目を見るか、顔の下半分を見るか。

大した変りもないのに、やたらと目を見てくるように迫るのは何故なのか。

目を見たところで間違いを犯した事実は変わらない。

なのに目を見てくるように言ってくる。

目を見てちゃんと謝っても、許してくれる人はほとんどいない。

それでも目を見てくるように言ってくる。


目には人の意志が宿るという。

強く、確固とした想いを持って、相手を視界にとらえて話をして初めて、自分の意志が間違いなく人に伝わったと確信する。

いつかの人が言ったらしい言葉を、私はたいして信じていない。


就活のとき一番苦労したのが面接試験だった。

人の話を聞くのは嫌いではないけれど、自分の話となるととことん苦手だったから、必要以上に掘り下げてくる面接官が閻魔大王に見えた。

地獄の沙汰も金次第、面接合否も見目次第。

面接官の満足いく回答なんて、所詮、面接官それぞれの好みと感触で変わってくるのだから、どれだけ猫を被ったところで変わらない。


気付いてしまった世の中の価値基準に、私の猫の皮はズタズタに引き裂かれた。

上手く見繕っても、自分の中身をひけらかしても、選んでいるのは会社側。

会社の都合のいいように動く人間、余計なことを言いすぎない人間、きちんとした軸を持っている人間。

いつかの面接を受けた企業で、その後にインターンに参加する機会があったけれど、そのときに対応してくれた社員の男は、自信たっぷりに私の目を見てこう言った。


「相手と見つめあってきちんと意見を言えることが大事なことだ」


2つの衝撃が走った言葉だった。

1つは、世の中としっかり向き合っていける人間でないと、この社会では生きるのが難しく、少しでも視線を逸らせば失礼にあたるらしいということ。


そしてもう1つは、私がそういう人間の一人だということを、自覚してしまったことだった。


私は思っていたよりも、自分のことを知らなかったらしい。

面接までの間になるべく自分のことを知るように、就活本に書いてあるあれこれを試してみた。


SWOT分析、ジョハリの窓、ロールシャッハ検査、16personalities・・・。

よく考えてみれば、ほんの字面を追いかけているだけで、ちゃんと自分がどういう人間かを考えてはいなかったかもしれない。

単に人の話を聞いているだけで何も考えていない、興味のあること以外はすぐ忘れてしまう、目の前に人がいてもすぐスマホを触る、話すときにいつも下を向いている。

ぱっと思いつくだけでも、引くほどコミュニケーションが苦手なことがわかる。


そんな人間が電話だけでやり取りをしたらどうなるか。

まあ、失敗するよね。


たった一度の失敗も、仕事や初めての大事な相手だったら、信用を失ってしまう傷になる。

今日はそれを肝に銘じようと思う。

目の前に人はいなくても、話している相手のことを考えられるようにはならないと。

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