2日目 カフェ③

彼曰く、「いつもの」って言ってみたい。


 ***


カフェでの話。


最近物語の世界に入り浸りな私ですが、しっかり現実に即した生き方もしている。

お金が少ないのにカフェにばかり行っているのはどうかと思いますが、実益に沿っているのでよしとしよう。

なにせ私は家では何もしない、どうしようもないサボり魔なもので。

精神衛生上気持ちの良いところにいたいのは、社会性と理性を持った生物として当然の思考だろう。

私にとってやる気に満ち溢れたカフェはとても居心地のいい場所なのだ。



大体いつもの時間にやってきて、いつもの荷物を広げて、使い慣れた財布とスマホを持ってレジに並ぶ。

注文に迷う余地もない。

ショーケースの籠に入れられたチキンサラダのトルティーヤをつかんで、店員さんに「アイスコーヒー、ショートで」と一言。

わざわざトレーを使うまでもない品数なので、会計を済ませればそのまま席まで直行できる。


大学生のころ、流行りに乗りたいがために注文しがちだったフラペチーノを頼む機会はほとんどなくなってしまった。

上京したばかりでカフェにも慣れないあの頃、物珍しさに注文して、トッピングの呪文に負けていたのが懐かしい。

長々としたゲームコマンドのようなトッピング注文は、たった2単語の言葉に置き換えられてしまっている。

新天地に慣れない子供だった頃の私に言ってやりたい。


「カフェなんてものは恐るるに足らないぞ」


そんなカフェでの休日生活も回数を重ねれば自然体になってくる。

私以外の客でどれくらいの人が、どれくらいの頻度で利用しているのかは知る由もないけれど、多分何人かは同じ人がいるんだろう。

他の客とは言葉を交わさなくとも、言葉を交わす相手はいる。

それが店員さん。


バイトなのか社員なのかはわからないけれど、だいたい休日にレジに立つ店員さんは決まっていることがわかる。

午前中から昼過ぎくらいにかけて、入れ代わり立ち代わりコーヒーの注文をさばいていく彼ら彼女らは慣れたものだ。

カフェに慣れていない田舎出身の私より、当然育ちがよく見える。

私もこんな身分でありたかったな、なんて今更なことを思いながら、若いころの憧れを埋めるようにカフェに通う。


店員には客がどう見えているのかわからない。

持ち帰りで頼んでいく客はいいお客に見えるだろうか。

コーヒー一杯で開店から閉店まで居座る客は迷惑に見えるだろうか。

後者の私としては、コーヒーを口に含むたびに苦い思いになる。



でも最近変化があった。

注文以外のことで話を振られたのだ。

まさか話を振られるとは思ってもみなかったので、驚いたけれど楽しかった。

いつもと同じ休日に、つかの間流れる新しい時間。

コーヒーが淹れられるまでの、たった数十秒の出来事だけど、いつまでも続いてくれるといいなと感じてしまう。


注文でかわす言葉はたいてい決まったものだけど、別の言葉に変われば意味が生まれる。

ただの取引の言葉から、人と人との会話になる。

短くも尊い時間、それはどうしたら長くなるだろうか。

薄いキーボードをたたきながら、そんなことばかり考えている。

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