2021年9月

1日目 烏の世界

彼曰く、何かハマっているものはないと聞かれれば、真っ先に八咫烏と答えよう。


 ***


心に残る物語というのは、つまりいつまでもその世界に浸っていたいと感じさせる世界の物語だと思う。


『ハリー・ポッター』シリーズしかり、『探偵ガリレオ』シリーズしかり、『すかすか』『すかもか』シリーズしかり。

世界に名をとどろかせる小説のすべてを網羅しているわけはないが、名前だけでも知っている物語は数多くある。

いずれはそのすべてを読みたいと思うけど、そうなる前にきっと私の生存限界がやってくるのであろうことを思うとやるせない。


世界観に浸りたいとは、つまるところその世界ばかりを考えていたいということ。

好きな人ができたとき、その人が普段何をしていて、どう働いていて、何が好きで、何が嫌いで、これから何をしていきたいのか、どんな感情を見せてくれるのか、どんな笑顔で笑うのか、その人にまつわるすべてのことを知りたくなる。

自分から見える姿だけでなく、ほかの人からの姿もそうだし、好きな人自身が考えている姿についても、理解したくてしょうがなくなる。

自分の見えるところでも、見えないところでも、何をしているかを把握したい。

一歩間違えればストーカーまがいだが、好きな人のことばかり考えるのは結局、自分とその人が一緒になる想像の結論なんだと思う。


きっとこれは、抑えられない衝動なのだ。



今の私がハマっているもの、それは間違いなく『八咫烏』シリーズ。

阿部智里さんが書き落としていく世界は、私の墓の中にまで入り込んでくるだろう。

累計170万部を超える長編シリーズ。

全6巻に外伝2巻を数える第一部、そして現行の第二部は先日2巻が発売されたばかり。

『追憶の烏』の内容は度肝を抜かれる感想だった。

読後、前のシリーズを読み返さねば、と記したのは嘘ではない。

またあの風光明媚な山内の世界に入り浸りたくて仕方がなくなった私は、すぐさま『楽園の烏』を読み返している。


いいシリーズ、いい物語というのは、それぞれが相互的に作用しあい、共鳴して響き渡る。

音叉のシンと沁み入るような余韻に体ごと思考を預ければ、それ以外のすべてがどうでもよくなり、まるで山内に移り住んだかのような錯覚に陥る。

これこそが、読者が物語に求めていることであり、物語が普及し、広がっていく要因なのだと思う。


新しく紡がれる山内の秘密。

一度忘れただけではすべてを理解することは難しい。

何度も読み返して理解を深め、山内の輪郭を確かなものにする。

読者にできることはせいぜいそれくらい。

でもそれこそが喜ばしいことなのだろう。


八咫烏の生きる世界。

改めて第一部から読み直したいと感じたのです。

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