16日目 カフェ③

彼曰く、二人で始まる我慢大会。


 ***


カフェの時間は自分との闘い。

自分で決めた時間、やろうと思った教科や課題、気分に流されて座った席。

最初に決めた席から動こうと思えば、それすなわち他人の動向を常に気にしながら作業をしなければならず、課題への集中力は当然失われる。

己の決めた目標、薄そうで実は分厚く、動きそうにない大きな壁は、カフェに入店した時からそびえたっているのである。


そして今日も、いつもと同じように私は闘いの地に向かう。

昨日と同じ席は、私より大きめな眼鏡に、パーマが効いていそうな髪をつむじのあたりで巻き固めている、何やらかっこいいバンドマンみたいな人。

礼儀正しくマスクをしているせいで、その口元は見えないけれど、きっといい感じに髭が生えているんだろうなと確信する。

King Gnuの常田大希みたいな、無性にエロスを感じさせるハンサムが目に浮かぶようだ。

闘う前から今日の負けは確定したな…と思いながら席を探す。


結局、座った席はそのバンドマン風ハンサムの2つ隣。

他の席も空いていたけど、気分的にいいなと思ったのはその席だった。

レジと店の入り口を向いていて、隠れクエストの人間観察をしやすい席だったというのも理由の一つだけど、もう一つある。

私の座った席は長テーブル。

透明な仕切りで区切られたテーブルは8人座ることができ、私の向かい側にも一人の女の子が座っていた。

制服を着ていたから中高生くらい、英語のテキストを開いてノートに何やら書いている。

マスクでその顔を盗み見ることはできないが、真剣な表情であるには違いない。

と、自分の準備をし終えてコーヒーを受けとり席に着くと、たまたま女の子と目が合った。

すぐ互いに手元を見たから気のせいかもしれないけど、結構好みの目をだった。

綺麗で、無垢な感じ。

少しけだるさの残る細い瞼から覗く黒い瞳は、どこか大人な印象を帯びていた。

笑ったら、さぞ輝きを放つだろうな、と自分でも変態的な想像をしてしまった。


そして今日の闘いが始まる。

今日のタスクは、”何となくやりたくなった漢検準1級の過去問”、”『元彼の遺言状』読破”、”脚本練習”。

そしてチャレンジクエストとして、”目の前の女の子に気を取られず、すべての課題をやりきること”。

火ぶたが、静かに切って落とされた。

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