23日目 車

彼曰く、車は人だけじゃなく、人の想いも乗せる。


 ***


深夜待機が続く月末。

友達に言ったら「決算期でもないのに何で?」と言われたけど、嫌みな感じはしなかった。

「まあ、これが仕事だからね」

自分が選んだことだからっていうのもあるけど、それなりの楽しさを感じているから。

趣味も仕事も同じ、楽しさを感じていないと面白くないし続かない。

「てか聞いて~、上司の愚痴がひどくてさ~、もうパワハラで訴えてやろうかと思ってるくらい」

「訴えればいいじゃない」

「だよね!やっぱ早く消えてくれた方がいいわ~、精神もたん!」

鶏モモ串を勢いよくかじり取りながら、具のなくなった串を握りしめて感情をあらわにする友人。


 そんなに思うなら早く訴えちゃえばいいのに


グラスを傾けて中身を味わう。

私も友人も楽しんでいるのには変わりないけど、精神的な余裕があるのはきっと私の方なんだろうなと思いながら話半分に目を閉じる。


ちょっと前の出来事も、簡単に会えない状況になってからしばらくぶり。

あの時会った友人は元気にしているだろうか。

今も仕事を続けているのだろうか。

さすがに上司のパワハラにあきれてやめてしまったか。

いずれにせよどこかで生きてくれていたらいい。


友人たちはよく旅行に行く仲だった。

大学で出会い、毎日遊ぶほどの中ではなかったけど、旅行に行くときは誘ってくれるいい仲間。

飛行機も電車も使ったけど、一番濃密な時間を過ごしたと感じるのは車旅行。

運転を交互に変わったり、地図にない道を走ってみたり、初めての運転を助け合ったり、歌を歌ったりゲームをしたり、いろんな時間が流れている。

騒いだり、笑ったり、ちょっと機嫌を悪くしたり、バカにしあったり、ほめあったりうらやましがったり。

いろんな出来事がいろんな思い出と一緒に残っている。


その気持ちは車に乗ると、ふとした時に思い出す。

あの時と違う車だけど、いまだに思い出は鮮明で、またあの時みたいな時間を過ごしたいと感じている自分がいる。

深夜待機は正直つらいけど、運転自体はやっぱり楽しい。

それに今頑張って運転することで仕事が進むし、何より楽しい。

ある意味病気なのかもしれない、ワーカホリック。


でもそれは言葉の綾だと思う。

生きている間、みんな何かの病気だと思うから。

愚痴ばかり言う子はそういう病気、仕事行きたくない人はそういう病気。

仕事楽しくて全然寝ない人もそういう病気、旅行に行くために仕事を頑張る人もそういう病気なんだと思う。

車の運転でテンションがハイになるのもきっとそういう病気。

部下にパワハラばかりする上司もそういう病気。


みんな病気なんだから、自分の楽に生きれる病気とだけ付き合えばいいと思う。

旅行ばかりしていたあのころ、とりつかれたみたいに旅のことを考えていたように。

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