26日目 自分

彼曰く、私が何者なのか、何をしたいのか。


 ***


歌はいい。

今の気分にあった曲をずっと聞けば、その気分をずっと維持していられる。


楽しい気分ならアップテンポ。

悲しい気分なら少し落ち込むような曲。

寂しさに浸りたいならバラード。

現実から離れたいなら電子音。

今いる国とは違う気分を味わいたいならケルト民謡や北欧のリズム。

世界観にはまりたいなら独特な歌い方。

集中したいなら歌詞のない、でもつい口ずさみたくなるような鼻歌。


歌は自分の気持ちの鏡だ。

普段から自分の気持ちを表現するのが苦手な人間は、直截的な表現を使わない。


だって使えないんだから。

不器用だし、へたくそだし、空気を読むのも行間を読むのも無理。

自分の中での正解と他人の中の正解がずれることが怖くて、何もできずにその日を終える。

何かを言おうとしてもうまく言葉が出てこない。

自分の言葉が紡げない。


歌はいい。

自分の言葉を持たない人に、力と勇気を与えてくれる。

力も勇気も、私にはない。

自分を語るための知識、自分を表現するための心。

私が私を語るには、私の中の知識も心も薄い。


世の中で流行りだす歌は大体薄っぺらい。

内容は二の次、リズムとテンポが第一。

私たちが求めているのは、私たちを表現してくれる歌。

どうしようもない言葉しか紡げない、無力な私たちを助ける歌。


言葉は大切だ、でもそれ以上に気分も大切だ。

言葉を出してくれる気分を理解してくれるのは、他人の言葉ではない。

他人が共感してくれる曲と歌。

リズムとテンポ、歯切れのいいリリック。

一つ一つは意味のないつながりでも、すべてがまとまることで私の中身になる。


私を探すため、私を語るため、私は私の感じ入る歌を探す。

そうして歌を探している間に、私は私を見つけていく。


さあ、今日も私を探すための歌を見つけよう。

この何も見つけてくれない現実から離れて、音と言葉の世界に飛び込もう。


この現実にある自分は、表出した欠片の一つでしかないのだから。

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