21日目 あえて
彼曰く、あえて距離をとる、その時間も大切。
***
あえて。
とても便利な言葉だと思う。
この仕事はあえて放置してた。
今日は大切なミーティングがあって、この仕事はやりだすと切り上げるタイミングが難しいから、手を付けずにいた。
好きな人にあえて話しかける。
相手に自分の好意はもしかしたら伝わっているかもしれないけど、その気を表立って向けるのはなんだかスマートじゃない。
だからあたかも「私はあなたとは単に話しやすい友達として話しかけているだけですよ」という風を装って雑談をする。
先輩でよくこの言葉を使っている人がいた。
あえて止めている、あえて放置してる。
今日は米の気分じゃないけど、あえて米を選べる定食屋にしよう。
なぜ気分じゃないものを食べに行くのかは、やっぱりわからなかったな。
今日はあえて後輩君と積極的に話さなかった。
先週ちょっときつめに働き方指南というか、考え方指南みたいなものをしてみたけど、結局のところ今回の後輩とは気が合わないのだ。
人としての性質が違う。
いや、むしろ似ているのかもしれない。
私は昔から積極的に人に話しかけるタイプではなかったし、今もそう。
これは別にあえて話しかけていないわけじゃない、単に面倒ごとを避けたいから。
まあ自分に災難が降りかからないように意識していることを考えると「あえて」避けているとも考えられるけど、それは言葉遊びの範疇。
話を戻して、私は根っからのまじめで内向的なオタクタイプだった。
ウェイウェイして軽い感じのバスケ部やバレー部、サッカー部系の人間とは付き合いが薄かったし、自分の興味のある話を振られてもうまいこと話を続けられない。
はっきり言ってキモオタだったと思う。
人とそれなりに話せるようになった今だから言えるけど、こんなオタクに話しかけたいとは思わない。
何を言い出すかわからない面白さはあるけど、出てくる話題が会話を強制的に終わらせるタイプの呪文なのだ。
唐突な終焉の兆し、急に河原でたそがれた高校生たちのシーンが流れてくるような、何とも言えない瞬間が出来上がる。
つまりは地雷兵なのだ、天然の。
それは過去の私であり、今の後輩。
私が触れたくないもの、触れたくなかったものに面と向かっている。
これほどの苦痛はない、もはや拷問だ。
先輩からしたらこれこそ「あえて」なのかもしれない。
あえて私に指導役を任せることで、何かしらの成長をしてほしいのかもしれない。
だが先輩、先に言っておく。
過去を見てきた私だからこそ、経験者だからこそ言えること。
このタイプは外から言っても何も変わらない。
自分が変わるという意識を持っていないときっと変わらない。
郷に入っては郷に従え。
結局人が新しいことをするときには、まずは場の空気に”浸る”ことなんだ。
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