8日目 メロンバー

彼曰く、あの夏の、あの味を。


 ***


夏休み。

今となっては過去のもの。

二度と同じ気持ちで迎えることはきっとできない一時の興奮。

うだるような暑さの後の、涼やかで明るく、少しだけ甘い瞬間。

人のにおいとはじける音が星明りの夜にこだまする地上の祭典。

人々が集まり、日々の平穏と平和を祝うがごとく、感謝を込めて踊り明かす。


夏祭り。

子供でも夜遊びするのが許されるのは年に2回あるが、その1回が夏にあるのはある意味確信犯なのだと思う。

大人が用意した、ささやかな恐怖体験ともいえる。

本来であれば盆踊りに参加させたかったんだろう。

盆はあの世に行った魂がやってくる頃。

地上の人間は祖先の魂が正しく自分たちのもとにやってくるように精霊馬を作り、やってきた魂を楽しませるために踊ったり豪勢な食事をみんなで囲んだりする。

そして一通り地上の生活が楽しいことを見せたら再び精霊馬で魂を送る。

人間の本質は魂に結び付くと考える、日本人らしい夏のひと時。


子供のころなんてそんなこと知らないから、ただおいしいご飯にありつくことと親のいないところで楽しむことを覚えるだけに終わる。

大人が用意した体験なんて知ったこっちゃない。

行きたいところに、気の向くままに、もしくは気づかないうちに。

誘われるままに向かっていくのが子供の自由。

あの頃の自由さ、またやってこないだろうか。


私自身も夏祭りはそれなりに楽しんだ。

なぜなら行くたびに親とはぐれていたからだ。

誰とも知らない人に囲まれながら、足の向く方向に進んでいく。

特定な人についていくわけでもなく、誰かと一緒にいるわけでもなく。

絶対的目標にするべき親の元に行くことも忘れて、ただ進む。

その先に待つ、瞳に映る旗の文字を目指して。


「アイスあり〼。」


自分と同じくらいの年の子が集まる場所に向かい、いわれるままにポケットに少しだけ入れていた小遣いと交換してアイス棒を手に入れる。

いろんな種類がある中で選ぶこともできるけど、子供は選ぶよりも口に入れることが大事だから、とりあえずつかんだものを口にする。

今日のアイスはスイカバー。

スイカの味とは似ても似つかない、でもその味だと思ってしまう三角形のアイス棒。

今も売っている、懐かしの味。



久しぶりにアイスを食べた。

スイカバーの近縁、メロンバー。

相変わらずの三角形からはメロンの味とは似ても似つかない、でもやっぱりメロンの味だと感じる味。

あの夏のころよりも、私は成長できているのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る