5日目 悲哀の恋③
彼曰く、ね、なぜ旅に出るの?
***
それからまたしばらくたち、私は就活を終え卒業までの静かな生活を過ごしていた。
彼女からの連絡は、こどもが無事生まれた時からぱたりとなくなった。
返信はしていない、彼女の生活に私はもう必要ないのだ。
「おめでとう」
ただ一言、最後の会話を交わしたときにすでに言っている。
私からの祝福の言葉は、彼女にはきっとそのときの一度でいい。
彼女の大切なものは増えた、初めて会った時から確実に。
対して私に何かあるかといえば、特別なものは増えなかった。
ただがむしゃらに働いて稼いだ分の金だけが、通帳の数字を増やしていた。
金の使い道も特別思いつかず、ふらりとどこかに行くときに好きなように使うだけ。
こことは違うところに行きたかったから、私はよく旅行に行くようになった。
大学に行くと思い出してしまうから、新しい場所は私には新鮮だった。
いろんなところに行って、いろんなことを知った私は、あのころから変われただろうか。
少しは大人になれたのだろうか。
仕事ができる、運動ができる、勉強ができる、彼氏彼女がいる。
それらは社会で必要なステータスに変わりない。
もちろんそれらを諦めるわけではないけど、それとは別に必要なものがあると思う。
なにか大きな壁にぶち当たっても折れない、芯の強さが。
彼女には愛する家族がいて、守るべき子供がいて、護ってくれる夫がいる。
華奢な私はどこに行っても「一人で大丈夫かい?」と気遣われた。
自分にとっての芯をあれからずっと探しているけれど、彼女のような強い芯はまだ見つからない。
多分これからも、私は旅を続けるんだろう。
私にとっての強い芯を見つけるために。
年を越えての1月末。
もっとも親密だと感じたあの時からちょうど3年が経っていた。
卒業式を1か月後に控えたこの日、私はふらりと青森津軽へ旅に出た。
もしかしたら社会に出る前の最後の旅になるかもしれない、という気持ちではなく、ただ行ったことのない場所に行きたくてそこに決めた。
何も考えずに電車に乗り、金木という昭和の雰囲気漂う駅でふらりと降りた。
ここは太宰治に縁のある地らしく、待合室には太宰の著作の並ぶ本棚があった。
何気なく開いたページにあった一節が妙に記憶に残っている。
「ね、なぜ旅に出るの?」
「苦しいからさ」
―――太宰治『津軽』第一章「巡礼」
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