4日目 悲哀の恋②
彼曰く、ごめんね。
***
しかし現実というものは急に訪れるもの。
付き合ってもいないのにたびたび会う私たちを見て、大学で一番仲良くなった友人は「キープされてるんじゃないか」と心配してくれていた。
そうかもしれない、でもこの気持ちはごまかせないところまで進んでしまっていた。
会ってもぼかされる、そうわかっていても彼女を探して頭を巡らしてしまう。
会話しない日々が続いて半年近くがたつ、彼女はどうやら大学を休んでいるようだった。
今日も来てないか、と教室の出口に向かおうとした瞬間、すぐに振り返った後ろ姿を見た。
彼女だった。
その腹はなだらかに曲線を描き、初めて会った時よりも明らかに膨らんでいた。
一瞬見えたその瞳が、あの時に見たように揺れて見えた。
でもそれは決して自分の弱い気持ちを向けるときのつらいものではなかった。
誰かに噓をついていたときの、悲しい瞳。
私はその瞳の意味を聞きたくて走り出したい気持ちと、聞いたところで何ができるのかという気持ちに挟まれて、動くことができなかった。
その日、私は飛んですぐ帰ってくる小鳥のように家に戻った。
何もする気力がなくなり、冷蔵庫の中の酒を浴びるように飲んだ。
あれだけ繰り返した会話も今となっては懐かしく、ただ苦いだけの邪魔な記憶だった。
「何やってんだろうな・・・」
いつもの天井を薄目で見ながら呆けていると、腕の下に転がっていたスマホの通知が体に響いた。
嫌な予感、嫌な想いは時に連鎖的に起こるもの。
彼女からのLINEだった。
開きたくなかったが、これが最後と思い通知をタップする。
そこには謝罪の文言と、今の状況、これまでのいきさつが綴られていた。
年越しで一緒に過ごした半年後、彼氏ができていたこと。
その間に会っていた時もずっと付き合っていたこと。
私が告白しかけたころ、ちょうど妊娠が分かったこと。
決して私をもてあそびたくて会っていたわけではなく、一緒にいると安心して話せたこと。
気持ちにこたえられなかったことと、打ち明けられなくてごめんなさいということ。
そして妊娠して半年がたつということ。
綴られる言葉は彼女のものとは思えず、この世界の言葉とも思えず、ただ流れていく言葉の流れをせき止めることもなく、ただ画面を見ていた。
「ごめんね」
返信することはできなかった。
それからは大学に行く気力を失った私は、アルバイトに時間を費やした。
稼いだ金で何をするわけでもなく、とにかく思い出さないように目の前の仕事に励んだ。
飲食、コンビニの棚卸、配達や運送、塾講師、深夜病棟の受付。
大学から離れれば大人になれるんじゃないかと思っていたが、急に頭がよくなるわけでもないし、体の大きさも変わらなかった。
久しぶりに見た鏡の中の自分は、上京した時と同じく華奢なままだった。
自分の頼りなさが露呈したようで、結局自分には誰も守れないんだという気持ちは強くなり、こことは違うところに行こうと旅に出るようになった。
そうしていると、いつしか彼女への気持ちも薄れていった。
それからようやく彼女へのLINEに返信することができた。
「おめでとう、それからありがとう」
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