17日目 夢の母
彼曰く、あなた最近ちゃんとやってんの?
***
どこからともなく現れた母が言う。
「あんた最近ちゃんとやってんの?」
長いこと聞いていないあの声で、あの表情で言ってくる。
おかしい、実家には長いこと帰っていないのに、なぜここに母がいるのか。
緊急事態宣言などという緊急性のかけらもないただの現状報告宣言に気を遣って帰らずにいるが、あの人は元気にしているかしら。
そんな心配も必要なくきっと元気だろうな、うちの家族は、と思っているくらいなのに今更何を憂えることがあるのかしら。
「大丈夫、生きてる」
いつもの返しをとりあえず返す。
「そう、ならよし。ちゃんと食べてるのね?」
「食べてるよ、納豆」
「ほんとに好きねあなた。それ以外も食べないと栄養偏っちゃうよ、お米送ろうか?」
「この前贈ってくれたばっかじゃん、大丈夫だよ」
「その割には減ってないみたいだけど、おかずもちゃんと食べなさいよ」
「なんで知ってんの」
「インスタで孤独のグルメしてるの見てたから」
「見てたんかい、わが子のインスタを覗き見すなや」
「羨ましい、私も連れてってよ」
「そっちはそっちでおいしそうなお店あるでしょうに」
「東京みたいにキラキラしてないもん、私もキラキラしたい!」
「そんなりっちゃんみたいな台詞言わんといて」
「りっちゃんで誰?お友達?」
「アニメのキャラだよ、『けいおん!』の」
「あのカチューシャの子ね、あの声優さんとは会ったことあるの?というか声優さんとお話しできるの?」
「会ったことないね。声優さんとは始めと終わりの挨拶を交わすくらいだよ」
「ちゃんと生きてた?」
「生きてた、存在してた。ちゃんと人間なんだね」
「当たり前でしょ」
「当たり前じゃなかったのよ、子供の私にとっては」
「いつまでもあなたは子供だよ、私にとっては」
「急に親の顔出してくるじゃん」
「そりゃ親だもの、当たり前でしょ」
「そりゃそうか」
そんな会話が挟まってふっと笑う。
「つらくなったら戻ってきていいんだからね」
長いこと見ていないのに、ずっと見ていた気がする。
安心と安全の母の笑顔。
驚く勿れプライスレス、気分が前向きになるオプション付き。
さっきまで暗めの灰がかった空間だったのに、気付けば青みがかった明るい空間。
爽やかで、若々しい雰囲気。
優しい光に包まれて、母がたたずんでいる。
いつも見ていた、あの笑顔のまま。
すっきりとした目覚めの朝がやってきた。
とはいえすでに10時過ぎ。
今週も無事、ちょっと遅めの出勤ウィークになりそうだ。
それでも夢の中の母はこう言うだろう。
「あなたは頑張ってるよ、ずっと応援してるから」
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