10日目 らぁ麺さわ田

彼曰く、淡麗スープが口の中を泳いでいる。


 ***


いいじゃないか、いいじゃないか。

買い物ついでに駅前をぶらぶらしていると、新しいお店が目に飛び込んできた。


”らぁ麺さわ田”


どこかののれん分けっぽい見た目と語感の店名。

我らが吉ファンの情報網によると、新宿に本店を構える”らぁ麺はやし田”のお弟子さんらしい。

白を基調とした外装と暖簾。

周囲の黒々とした古臭いビルの正面にできたのはバンドマンたちが求める救いのオアシス。

ちらほらとギターやベースを持った人たちが入り口近くをせっせと行き来しているので、どんな音楽を奏でているのかなと思いきや、そのビルの中にあるバンドスペースに楽器を置きに来ているだけだったらしい。

行列に並んでもバンドマンは一人もいなかった。


一人くらい並んでやりなよ。

目の前でバイトらしい可愛らしい女の子が案内しているじゃないの。

人が行き来するたびに「いらっしゃいませ~」って声かけするのなんて、私には到底できない。

バイトの時にもそんなことはしなかった。

だって働きたくなかったんだもの。


働きたくない人間はどこかでサボろうとする。

人生に妥協点を見つけて、やりたいことに終止符を勝手につけておいて、後になって「羨ましい」と成功している人間を目の敵にする。

全部自分が蒔いた種なのに、その自覚を忘れがち。

頑張る理由を見捨てて、サボる理由ばかり探している。

どっちかは本物のオアシスで、どっちかは蜃気楼。

ステップロードはこの先も続くんだ、私を楼蘭へ連れて行ってくれ。

吹き荒れる嵐の中、今日も私は歩いていく。


部屋の掃除をちょっとばかりサボっていたせいで、流石にそろそろヤバいかなと思い立ち、掃除グッズやらついでに日用品の買い足し、化粧品まで買いに来ていた私は新しいものに囲まれてすっかり疲れていた。

そのタイミングで雑居ビルひしめく駅前で見つけたラーメンはまさにオアシス。

私に活力を与えてくれるに違いない。


いざ参らん。

スープは焼鯵煮干からとった淡麗系。

全粒粉を使った固すぎず柔らかすぎない麺は、スープの上品さを損なわずに口の中へと潤いを運んでくれる。

添えられたチャーシューは2種類、鶏むね肉と豚ロース。

ロースは脂の濃い味で、むね肉はジューシーな歯ごたえで、それぞれ存在感を出しながら、こちらもどことなく上品。

ここまでは少しリッチな気分で、テーブルマナーさえ意識している。

そして真ん中に構える真ん丸なツル肌。

煮玉子を箸で持ち上げてみると中の半熟さを伺わせる柔らかさ、箸が肌に食いこむ。

割ってみるとトロンとした黄色いあなた。

なんてエロティック、なんて煽情的。

口にまとわりつくトロリとした感触はまるで愛の証。

ここが私の天国paradisか。

恍惚とした目のままスープを飲み切って完食。


今日もごちそうさまでした。

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