5日目 春雨

彼曰く、気分はすでに梅雨入り。


 ***


シトシトと雨が降っている。

最近は環境音をよく聞くからかなんだかとても心地いい。

耳馴染みのある、心が温まる音。


春の雨は春という季節には合わない気がするけど、

天から降る雨はいつもと変わらない。

母のご飯がいつも美味しいのと変わらない。


傘を打つ雨音が少しだけ弱まった。


そういえば、春雨はなんで春雨というのだろう。

ただのデンプンの塊に少しばかり思い馳せる。

ツルツルとした半透明の麺。

キクラゲや唐辛子が見目よくしている。

化粧の仕上げはたっぷりのごま油とラー油。

喉越しと辛味が食欲を刺激する。

春の雨、というにはどこか暑苦しい。

かき込みたくなる味はどちらかといえば夏の味。

にじむ汗、垂れてくる前髪も気にしない。


パタパタパタと雨のテンポが早くなる


通りすがりの家から子供の笑う声がする。

家族で囲む味、大皿に用意された春雨を家族で輪になって食べ進める。

ご飯にバウンドさせて口に入れ、咀嚼もままならないうちにご飯を詰め込む。

手を伸ばさないと自分の分はない。

容赦のない家族間食糧取り合い合戦。

負けた者は白い飯をただ食らう。

ただ飯じゃないだけマシと喜ぶしかできない。

そんな闘いの火ぶたが、この家族にも起きているのかもしれない。


だんだんと雨が弱まってきた。


雨の降る日は少し寒くなる。

春雨はあたたかい食べ物だし、温かい気持ちになる、いやむしろ暑苦しいくらい。

でも春の雨は肌寒い。

せっかくの春が台無しだ。

私たちの春はどこにあるのだろう。

随分長く感じる冬の終わりは。

なかなか来ない私たちの春の到来は。

行っては来て、寄せては返す、往来の人や波のように、

手を変え品を変え、近づいては遠ざかるを繰り返す。

隣同士の季節がそんな変なやり取りをしないでほしい。

マラソンリレーでいえば、次のバトンを渡す人が渡そうとして渡さないみたいな。

半分いじめ、半分わざとか仕方のないことか。

神の仕業と取るならわざとでしょう。

早く家族会議に勝てよ、春の神様。


雨音が消える、傘のへりから見える地面に日の光が降り注ぐ。


傘を閉じると体全体に太陽の温かさを感じた。

先ほどまで肌を冷やしていた空気が少しずつ膨らむように存在感を増す。

春の温かさ、ようやくか。


世界に春が訪れようとしている。

もしかしたらまた冬が少しだけ様子見に来るかもしれない。

それまではまだ春は独り立ちできない。


私たちの春も、私の春もこれからだ。

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