15日目 冬の雨

彼曰く、雨はいろんな考えを押し流してくれる。


 ***


雨が降った。

強くもなく、弱くもない。

起きたら聞こえなかった雨音。

二度寝を美味しくいただいて、

そろそろ出ようかとベッドを整えてるとき、

外から静かな自然の音が聞こえてきた。


ぱたぱたぱた。


本の中ではしとしとと表現されることが多い雨。

ぽたぽたと落ちるわけではなく、バチバチと殴るようなわけでもない。

自分の重さに身を任せた重さで、

上から下に降りてくる。

「今日は電車で行かないといけないのかぁ」

普段使わない電車を使い、人の波に囲まれることを想像すると億劫になる。

行かないという選択肢もあったけれど、今日は出社しないといけない。

何でもかんでも雨のように勝手に上から下に落ちていくわけじゃないから、

集めたいところに雨が集まるようにする。


ぱたぱたぱた。


急かされるように髪をセットし、着替えて家を出る準備。

白いスニーカーか、黒の革靴か迷って、結局スニーカーを選んだ。

傘は黒。それしかないし。

玄関を開くまで傘を持っていくことを忘れていたくらい。

優しい雨音が思い出させてくれた。


ぱたぱたぱた。


張った布を弾くように、水滴の集団が落ちてくる。

冬の雨は、いつもよりも冷たい。

ずっと降っていなかったのもあって、

雨の冷気を感じるのは久しぶり。

靴の中は濡れていないはずなのに、

靴下が濡れている感触。

歩き始めたばかりだから汗はかいてないのに、

足首が感じる空気とズボンの裾を濡らす雨で冷たい。

駅までの道、水嵩15センチの沢の中を歩いている気分だった。


ぱたぱたぱた―――。


降り続けた雨もいつかはあがる。

昼まで降り続けた雨は勢いを無くし、

帰る頃には地面に痕跡を残すだけ。

冷たい空気もなぜか感じない。

冬なのに奇妙な感じ、いろんな感覚がなくなったようだ。

駅から家への道は同じはずなのに、行くときの沢はどこにもない。

ただけだるい空気が辺りを包む。

人気のない駅前が、空気の重さを反映したかのようで、

進む足取りを重くさせた。


仕事はちょうどなかだるみ。

自分でできることは少なく、他の手伝いもそうそうない。

仕事柄暇を持て余すことには慣れているけれど、

残るのも帰るのも嫌になるタイミング。

冬の冷気は感覚を鈍らせる。

街灯が照らすアスファルトの水たまりが怪しく光る。

家に向かっているのに、知らない道を歩いているようで、

不思議な高揚感に包まれる。

周りは冷たいのに楽しくて、歩くのも面倒なのに足が軽い。

なのに体は重いまま、周りだけじゃなくて自分も不思議な感覚になってる。


やる気もやめる気も色んな気分が夜の闇に溶けていく。

今日はしっかり体を温めてゆっくり寝ることにしよう。

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