22日目 夫婦

彼曰く、私とあなたで一緒になるの。


 ***


「一緒になろう」

そう言って彼は私を抱いた。



 +++



嫌な夢をずっと見ていた。

”ずっと”と言っても一日中見ているわけじゃない。

守護霊にも、呪いにも、幸いに縁がない。

守護霊が無いのはある意味不幸なのかもしれないけれど。

その分の不幸が、きっとこの嫌な夢に現れているんだと思っていた。


自分の部屋。

ひとり、冷たい空気の中。

眠ろうと目を閉じると、どこまでも暗い闇に引き込まれた。

「一緒にいこうよ」

行きたいともなんとも答える前に私の手を引いていこうとする。

どこまでも、どこまでも。

暗い谷底に崖から堕ちていくのに、谷の底が見えない。

真っ暗な空でスカイダイビングをしているような気持ち悪さ。

堕ちていくのは分かっているのに、目も内臓もいつもと同じ。

地面に立っている時と同じなのに立っていない。

眠っているはずなのに目が冴えている。

いろんなものの境界があべこべになって曖昧になる。

向かう場所も、時間も存在も曖昧な”何か”に惹かれていく私が怖くて、

目が覚めるといつも通りの部屋が目の前に広がっていた。


昨日コーヒーを買った自販機でアタリが出た。

いつもと違うスーパーに行ったら福引で四等が出た。

何の気なしに買ってみた宝くじで1万円当たった。

匂いにつられて立ち寄ったたこ焼き屋のたこ焼きにたこが2つ入っていた。


人生の幸せの形はそういう小さなことの積み重ねだと思う。

大きな幸せはなくていい。

普段から感じる幸せが小さいほど、裏切られた絶望は小さくなる。

夢の中でさえ望みは絶たれているのだから、

せめて現実には絶望しない人生を生きていたい。

目の前が真っ暗になる夢の中に飛び込むたびに、

叶いそうもない望みをずっと叫んでいた。

何も聞こえない、声も出せない。

暗く、狭い、寂しい空間で、私の願いを聞いてくれる人は誰もいなかった。


「もうどうでもいい。

周りの目とか、世間体とか気にしない。

何もかも自分のしたいようにして生きてやる。

見えないなら見ない、聞こえないなら聞かない。

自分勝手の自己中だと言われてもいいわ、私が私でいられるのなら。

だって、


私の味方は私しかいないんだから。」



 +++



好きな人ができた。


一緒にいて心地よい、

爽やかな、木々を優しく揺らす春風のような人。


私が暗い気分でいても、太陽のように照らしてくれて。

私が前を向けなくても、小さな肩で支えてくれる。

私が何も見えなくても、何があるのか教えてくれる。

私が何も聞こえなくても、手や表情で何が起きているのかを知らせてくれる。


彼がいてくれると、私の心は軽くなった。

私が何も信じられなくても、彼だけは信じられる。

小さな幸せ少しずつと、いつもの大きな不幸せ。

どれもこれも、全部どうでもよくなった。


私の味方は私だけだと思っていた。

私以外にも、私の味方をしてくれる人がいてくれた。

こんなに幸せなことがあっていいのだろうか。

どうでもいい人生だと思っていたけど、

誰かと一緒に歩む人生がこんなにも明るく見えるなんて。


はるか遠い宇宙から地球を見た、ある宇宙飛行士がこう言ったらしい。

『空はとても暗かった。一方、地球は青みがかっていた』


それは初めて見る光景。

私の、彼と一緒にいる私の、これから始まる青い春。

明るくて、希望に満ち、幸せに包まれた、夫婦こいびとのお話。

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