20日目 布団

彼曰く、干した布団は実家の匂いがする。


 ***


布団にはいろんなものが詰まっている。

綿が詰まっているのは当たり前。

それ以外の目に見えないもの。

カビや埃、ダニや花粉、その他もろもろも今は違う。

そういうリアリティは今この創作の場には求めていない。


布団に集まるのは一日の疲れ。

その日生きた命の重みを丸ごと全部引き受けて押し返すのが布団。

夏は優しく、冬は暖かく、春と秋はゆったりと。

心の疲れと一緒にくるんで丸めて閉じ込めてくれる。

だから布団の状態がよければよいほど、

主人はぐっすりゆっくりたっぷり眠ることができるのだ。


昔の日本は畳に布団を敷いていた。

夏には蚊帳で周りを囲い、冬には湯たんぽを忍ばせて暖を取った。

夏の虫や冬の寒さ、世間の喧騒や眩しすぎる世界など、

色んなものから守ってくれる布団は最後の砦。

起きては畳み、晴れていれば干して、

温かい空気と日の光を浴びさせる。

暮らす場所と同じように、常に清潔を保つのが基本。

優しく丁寧に、大事に接するのが友への礼儀。

自分の弱いところを全部知ってくれている最も近い隣人なのだから。


汝の隣人を愛せよ。

キリスト教のアガペーを説くつもりはないけれど、

人でなくても、それが常に使うものならば、

気遣う心の一つや二つ、持っておいて損はない。

裏返したり、ときに叩いたり、

優しさや温かさとは反対の余分な色々を振るい落とすように、

ベランダや物干しにかけて干す。


布団が日の光にあてられているのを見ると、

不思議と喜ばしい気持ちになる。

抑圧されていたバスティーユ牢獄の中から解放された政治犯たちが、

明るい自由な国に迎え入れられるかのように、

太陽の下で踊っているように見えるのだ。

嬉しそうに、楽しそうに、白い光に照らされて光っている。

まるで世界には明るいことで満ちているというように、

その身に白く輝く光をこめて、詰まりに詰まった黒いものを吐き出している。

嫌な感じのする者が溶け落ちて、取り込むときにはすっきりしている。

底まで見える北海道の”神の子池”のように、底抜けに明るい隣人が戻ってきた。

いつもの位置に戻せば、いつでも私を迎えてくれる準備万端。

楽しかろうが、疲れていようが、

変わらぬ心で迎えてくれる。


それはまるで実家のよう。

いつ帰っても拒むことなく、どんな私でも迎えてくれる。

急変しすぎたら多分そんなことはないかもしれないけれど、

急変して帰ったことが無いから分からない。

でも布団と同じように、どんな私でも迎えてくれる。

この布団は実家を出てから買ったのに、なぜか実家の匂いがする。

私が使っているからだろうか。

それとも布団が安心させてくれているからだろうか。

どちらにせよ、心休まることには変わりない。

これからも私を迎えてくれよ。

最期を迎えるのも、きっとこの布団の上でありたい。

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