17日目 嘘
彼曰く、嘘から出た実。
***
嘘が真実足りえる可能性はいかほどなのか。
人は簡単に嘘をつく。
自分を守るための嘘。
人を欺くための嘘。
世界に取り残されないようにするための嘘。
持っているはずのない力を生み出すための嘘。
嘘が口まで上ってくるのは、不都合な世界が生み出されるとき。
好きなものを誰かに取られそうなとき。
好きな人を誰かに奪われそうなとき。
欲しいものに手が届きそうなのに、他の人の手が先に届きそうなとき。
考えていた話にほころびが生まれたとき。
事実を脚色して面白おかしく話そうとするとき。
不都合な世界を、自分の思い通りの世界に矯正するための言葉。
それが嘘。虚構の世界。
何も無いはずのその場所に、自分の思う素敵な世界を広げていく。
色とりどりの言葉で塗り固められたその世界は、
見ているだけならなんともない。
抗わずに放っておけば、いずれ思っていた通りの世界にたどり着く。
誰のためでもない、ただ自分のためだけの、理想の世界。
理想の世界は気持ちがいい。
ただいるだけで、自分を迎え入れてくれている、
そう確信することができる。
今まで取りつく島もなかったことが、簡単なことのように思えて、
何もかもが自分の思うように動き始める。
星は光り、海は波打ち、風は髪をなびかせ、空気は澄んだように体を巡る。
当たり前にあるものまでもが、何か特別なもののような気がして、
立って息をするだけで、すべてを手に入れたような気持ちになる。
世界がこんなにも気持ちのいいものだと感じる。
目を開ければ太陽が輝き、口を開ければ笑い声が響く。
めいっぱい背伸びができる世界は、地面から空まで何もかも自分のもの。
大切なものがすべて見えている。
必要なものがすべて手の届くところにある。
言葉を交わすこともなく、目を合わせることもなく、
他のすべてのことが頭に浮かぶ。
明瞭に、はっきりと、姿かたちを整えて、
目をつぶっていても手に取るようにわかる。
音も聞こえる。
匂いも感じる。
味もあるし、触った感触もある。
空気が躍る、光が泳ぐ、空はざわめき、人は走る。
存在するすべてのものが私のものであると自覚する。
まるで神にでもなったかのように、この世界を楽しみだす。
そのときの私はきっと無敵だ。
きっとじゃない、確かに無敵だ。
誰も自分を邪魔することなく、誰もが素敵に無敵な自分に憧れることだろう。
言葉巧みに人と話し、体巧みに仕事をこなす。
嘘も
果たしてその先に”幸せ”はあるのか。
そうしてできた世界は嘘なのか、現実なのか。
どちらかだとすれば、嘘の上にできた世界の幸せは嘘。
現実の上にできた世界の幸せこそが現実だろう。
果たして嘘の世界の幸せを現実にすることはできるのか。
自分のために嘘をつき、相手を傷つけて得たものはいいモノとは言えそうにない。
でも誰かのために嘘をつき、誰か何かを守って得たものはいいモノであるだろう。
であれば、嘘の先に得たモノにも、いいことであることがあるようだ。
いいこととはつまり”幸せ”だ。
嘘から出た実。
昔の人はいいことを言った。
嘘を現実にするには、自分のためではなく、誰かのために。
幸せをつかむには、自分の欲を出してはいけないのだ。
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