16日目 散歩
彼曰く、夜の散歩は特別な時間。
***
秋の夜長、静かでゆっくりとした時間が過ぎていく。
蒸した空気で風呂上りでも汗ばみそうな季節は過ぎ、
部屋を囲む冷えた空気で肌がひりつく季節が近づいてくる。
寒くても気にならないようになるのに、また時間がかかる。
その入り口、それが秋。
だんだんと寒さが強くなることだけを意識すると嫌なものだけど、
秋にも秋なりの楽しみ方がある。
食べ物然り、芸術然り、ファッション然り。
夜の散歩も楽しみの1つ。
散歩自体はいつしても楽しいもの。
楽しさを求めてしている人がいるはさておき、
何も考える必要が無いからいいものだ。
暗い空には何もない。
綺麗な花も、汚いゴミ捨て場も、美しい映像も、つまらない文章も、
すべてを黒く包み込む、何もない集まりが目の前にある。
小さな頃は、目を閉じているのと同じ状態が怖くて、
光を求めて床を這いまわり、親の足元に転がっていた。
でも今は、明るい世界に居すぎた反動か、
光のない暗い場所を求めている。
見えすぎる世界がうるさくて、怖くて、自分が弱く見えて、
何も見えない世界に行きたくなる。
ここではないどこかなんて、簡単にたどり着けやしない。
どこかに行きたいと思っても、金とか時間とか場所とか、
いろんなもののせいで身動きが取れなくなる。
特に最近は自分の力ではどうすることもできない。
政府の強制力、なんてものは全然表立って力が見えないのに、
やたらと人の目だけは気になってしまう。
気にしなければいいだけかもしれないけど、
やっぱり見えすぎるせいなのか、何も見えない世界に行きたくなる。
自分だけじゃない、他の、誰もが、何も見えない暗い世界。
そんな世界がどこにある?
仕事の疲れと睡魔で蕩けきった頭で考えるうちに、
つっかけを履いて外に出ていた。
街灯でオレンジ色に光る自分のアパート。
黒と黄色に白が混じったような電柱のマーク。
もとの色が分からないくらいに黒ずんだ隣家の車。
いろんなものが、もとの姿を隠して生きている。
マスクをしなくても、いつもと違う自分になって息づいている。
周りにある何もかもが、本当の姿を見せていない。
私が求めていた不思議な世界がここにある。
ない、ここにはないと思っていた、
何も見えない世界は、強く求めなくてもここにあった。
机を押しのけるように入り込むことも、
波を突き返すように勢いにのることも要らなかった。
ただ不思議と、自分の求めていた世界はいつもの世界のすぐ裏にあった。
進むほどに暗さは増して、わずかな光だけが、
自分と、自分の進む先の道を薄く照らす。
足元は暗く、何もないように見える。
足の裏だけがその暗さを地面として捉えている。
普段なら進みたくないはずの暗い場所が、
夜というだけで進みたくなる。
秋の夜は、静かで長い。
身を委ねればそのまま知らないところまで連れて行ってくれそうな。
どこまでも進んでいってしまいそう。
気を付けないといつまでも帰れなくなる。
夜の散歩はまだまだ続く。
今日はどこまで行こうかな・・・。
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