29日目 すず鬼

彼曰く、これはラーメンであってラーメンにあらず、ご飯のおかずだ。


 ***


ご存じの通り私はグルメです。

ここでのグルメとは大金を払って様々な美食を楽しむ人を指すわけではなく、

まして超高級レストランでしか食事をしない偏食家を指すわけでもありません。

食事の楽しみ方は人それぞれであり、

その個人の経済事情、食文化、食歴、嗜好、人間関係によるものです。

つまり自分が食べていて楽しいを思える店で食べる。

好きなものを好きなように、幸せだと感じられる食べ方。

そうした食事をできる人を、グルメな人だというのです。


そんなグルメの私が今回話を聞きつけたのが『鶏こく中華 すず喜』

三鷹駅南口にあるこのラーメン店。

昼間はコクの効いた濃厚な煮干しスープで、

”あっさり”というよりは”こっくり”とした、後味の強いラーメンを食べられます。

中細ストレートの麺がまたスープとの相性抜群で、

トッピングも、味玉・鶏チャーシュー・豚チャーシューとインパクト大。

後半になって底を混ぜると現れる刻みタマネギがいいアクセントとなっていて、

旨味の強いトッピングで疲れた舌を休ませてくれます。

最後まで飽きの来ない味を堪能できるハイレベルなラーメン。

喜んだ顔の客が帰っていく風景は店主冥利に尽きるというものでしょう。

ラーメン好きならぜひ訪れてみてほしい1軒です。


・・・が、実はこの店には裏の顔があります。

昼間の営業が終わり、夜になって店の明かりが灯るとき、

静かな地下に1匹の鬼が現れるのです。

それこそが『スタミナ満点ラーメン すず鬼』

昼間の優しい顔とは打って変わり、スタミナを求めてやってくる客を迎えます。

私が行ったときも女性は少なく、男性ばかりで肩身が狭かったです。

しかし客は客、私を含め夜営業にやってくる者は皆、

スタミナを求めて夜の鬼の下に集結するのです。

メニューも『こく塩』などの優しい文字から、力強い『スタ満そば』に。

昼にはなかった『ライス』や『具マシ』も、

店主からの「食いたい奴は食えるだけ食え!」というエールのよう。

一番の謎は『生卵』

ラーメンに生卵?

食券を買おうとしていた私は頭をかしげるしかありません。

初見ということもあり指が伸びなかった私はこのときの選択を後悔します。

やってきたのは山盛りの豚、肉とタマネギの甘辛炒めを乗せたラーメン。

トッピングできたショウガ、ニンニク、背脂の見た目も相まってボリューミーです。

「来る店を間違えたか?ここは定食屋さんだったのか?」

と、さっきよりも盛大に困惑してしまいました。

とはいえ頼んだ私、求めるはスタミナ、1週間の疲れた体に栄養補給、です。

スープを一口すすると、昼よりも数段上の濃いスープ。

ドロドロ、ではなく、味のパンチが凄いんです。

気持ちよく、重いアッパーを打たれたような力強さ。

焦がし醤油だけでこんなになるものでしょうか?

それに絡むような中細ちぢれ麺はコシがあり、食べ応え抜群。

ひと噛みするだけで手打ちしている風景がどっしりと浮かんできそう。

さらにはトッピングとして乗っている豚肉とタマネギ。

肉はブロックなので、背脂と区別がつきません。

どちらも口に入れればダイレクトな脂を持ってくるので、

食べる方も気合を入れないと食べきれません。

この感覚、大学時代初めて出会った『ラーメン次郎』を思い出します。

とにかく量が多く、なのに意味が分からないほど美味い。

美味しい、ではなく、美味い。

それがこの店を誉めるにふさわしい言葉遣いでしょう。


なんとか食べ終えて、一緒に来た人が食べ終わるのを待っていると、

隣の人がライスに具材を、生卵に麺と具を絡めて食べていました。

「それが正解か・・・!!」

かたや定食のように、かたやすき焼き風に。

常連と思われる隣人の食べ方には風流ささえ感じました。

次に来るときは必ず、ライスと生卵の注文を忘れない。

そう誓って店を後にしました。

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