25日目 クーポン

彼曰く、何事にも楽しみを見出すのは豊かな人生を生きるために必要なのだけど。


 ***


買い物をするときの楽しみは2つある。

1つは思っても見なかった大好物との遭遇。

買い物をする日、場所はたいてい決まったものになってしまうから、

売っているものは大方把握している。

決まりきったバラエティの陳列を見ると変わり映えしないから面白くない。

買い物が単なる単純作業、定期的に訪れる家事の1つに成り下がる。

だからこそ、不意に大好物が置かれていたりすると急激に印象が変わる。

まるで暗闇の中に走る一筋の稲妻のようで。

ぴしゃーんと私の脳髄に興奮のジュースがまき散らされる。

「こんなところにいたのか・・・!」

まるで生き別れのわが子を見つけた父親のような気持ちで、

一目散にその確かさを目に焼き付けようとするだろう。

そうなるとただ日用品を買い足すだけの作業が全く別のイベントになる。

退屈な日常に光る新しい宝だ。


そうしてもう1つ。

会計をするときの計算。

私は暗算が得意で、単純な計算なら頭の中でできる。

もちろんすべての計算を完全にできるわけではないし、

そろばんを習っていた頃とは雲泥の差になってしまった。

当時からすれば私の頭の回転は著しく劣るだろうけど、

大人になってから概算するということを覚えた。

大体の計算は頭の中でして、正解に近い答えを出すことができる。

1種のサボリかもしれないが、私は私でこれを楽しんでいる。

物を買うときに覚えた値段を頭のそろばんではじきながら、

自分なりの今日の予算に収まるかの賭け。

一人ギャンブルをしているようなものだ。

今は消費税が10%になったので計算が楽になったけれど、

8%だった以前はやりがいもあったけれど間違いも起きやすかった。

いずれにしても眠った頭を少しでも働かせる楽しみがある。

大方の予想が近いと嬉しい、ドンピシャ正解ならガッツポーズ。

一人で賭け事をしているなんて馬鹿みたいだけど、

頭の中のドーパミンは止まらないし、何より負けはない。

失うものは買い物で使ったお金だけだし、言ってしまえば投資だ。

そこでクーポンを貰えたりすれば万々歳。

ラッキー以外の何物でもない。


そのはずなのに、今日はクーポンを貰えなかった。

正しくは貰えるはずだったクーポンが私の手元に来なかった。

よく行くスーパーはレジ会計が済むとレシートが出てきて、

そのあとにランダムでクーポンが出てくる。

よくあるのはポイントカードのポイントプレゼントや、

同じポイントを使えるお店の50円引きクーポン。

それが紙の出口からジジジと出てくるのを私は見た。

なのに店員はそれを私に渡すことなく、

次のお客を呼んで会計を始めてしまった。

後ろの客はロケット鉛筆のように前に詰めてくるから

私は声を発する暇もなく荷造りスペースに進むしかない。


・・・どうしてあのクーポンは私の手元に来なかったのか。

片耳イヤホンをしていたからか、袋入りませんの声が小さかったからか、

マスク越しで表情が見えず不愛想に思われたか。

普段の楽しみの1つである買い物で少しだけ気まずい思いをしながら、

戦利品の白菜と納豆と菓子パンを袋に詰めてスーパーを出た。

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