9日目 将来

彼曰く、コロナが明けたときが本当に大変になるんです。


 ***


一難去ってまた一難。

生きているうちは何事かが起きるもの。

万事が自分の思い通りに行くはずもなく、

一本で繋がっていたはずの道は気付かないうちに綻び、

だんだんとズレてきて、もとの指針とは違う向きを指してしまう。

ほつれていくつもの分岐が生まれたり、

たった1通りの細い道しか残されていなかったり。

一番悪いのはぷつりと進むべき道が切れてしまったとき。

前に前に進んで、戻れないほどの深みにはまってしまえば、

抜け出すことも、引き返すことも難しくなり、

最後には暗闇の中に放っておかれることになるかもしれない。

運や巡り合わせで、その陥落を乗り越えられたとしても、

またいつか超えることの難しい艱難が待っている。


長く生きる人生とは、まさに将来に向けての道を進んでいくこと。

その将来への道がある程度見えているなら、それはとてもいいことです。

先のことを見通せる人はそうそういません。

かつそれを自分の想像通りに描き続けられる人も数少ない。

誰もが自分の理想を描き、それを叶えられるかは当人次第。

身分の関係ない今では、努力と運次第でいくらでものし上がることができます。

これからの時代を強く生きていける人は、きっとそういう人。

自分の努力を信じて疑わず、多くを学んで己の糧として、

周囲との比較や交流もぬかりなく、結果的に運を引き寄せる。

理想の1つ1つを結果として成し、更なる高みに上っていく貪欲さ。

今の若い人たちは、どれだけそれを持っているのでしょうか。


私の世代はゆとり世代と言われています。

正確な住み分けはどこまでなのかわかりませんが、

私の年が最後のゆとりだという人もいますし、

さとり世代の中心的世代という人もいます。

概して自己欲がなく、周りとの交流に気を遣い、衝突を避ける傾向にあると。

そうした側面がないとは言いません。

私も気の合わない人とは付き合いたくないし、

自分が何をしたいのか、どういうものが欲しいのか、具体的なことも曖昧。

親世代が「こうあるべき」だというものに対してもいまいちピンとこず、

でも他の道を探すことも少ないのでその道に進むことが多い。

簡単に言えば、”己”を持っていないのです。

何をしても、何に対しても、周囲からの視線や批評がついて回る、

そんな息苦しい世界では周囲の意見に従っていた方が幾分生きやすい。

プレッシャー、期待、圧力、当てつけ。

色んな面倒ごとに絡まれても、これも仕方ないと諦めている節がある。

そんなさとり世代には、コロナのこの時代は1つの分岐点です。

さとり世代だけじゃない、すべての人が岐路に立たされています。

これからの世界は荒波です、どう生きても制限があるけれど、

必ずしもそれが間違いだとは言えないことが増えます。

今までとは常識も付き合い方も、考え方もまるで変った世界なのです。

その世界で自分の生きる未来をどう思い描けるか。

会社、学校、遊び仲間、友達、家族、仕事、趣味、夢。

それぞれのスタート地点に「さあ、どうする?」と立て看板が立てられている。

その問いにどう答えるか。

どう動くか。


あなたの、私の人生の再スタートはすでに始まっているのです。

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