6日目 時短
彼曰く、そういうところでは?
***
何かを省略しようという試みは決して悪いことではない。
省略するということは、既存の思考、行動パターンを見直して、
改善点、修正点を洗い出し、より効率よく実行するための模索だ。
人間は進化する生き物である。
泳ぎが必要な時は泳ぎ、それがスポーツにまで昇華された時、
早さを追求するために服を捨て、余分な筋肉を捨て、泳ぎのフォームを見直して、
泳ぎに不必要な部分を削ぎ落してきた。
今まで通りのやり方がいつまでも通じるわけではない。
ルールが変われば泳ぎ方も工夫しないといけないし、
法制度が変われば節約するための家計簿のつけ方も変わる。
変わらないのは地震が起きたときの行動と、
痴漢に会った時の対処法くらいだと私は思う。
地震が起きたときに机の下にもぐったり、安全確認をしたり、
その後の正確な情報収集をすることは間違いではないし、
痴漢に会った時には大声で危険を知らせることは当然の反応。
それを怠った時に何が起こるか、そんな目にあったことのない私でも分かる。
世の中には省略するべきではないことは確かに存在する。
工程を飛ばした時にどんな結果が舞い降りるかを想像できるからだ。
だからこそ、何かを省略しようとすることは、
ときに目上の存在から反駁を買い、良くない目で見られることが多い。
「なぜ資料作りの際に確認をしなかったのか」
「なぜこの後にデータを保存していなかったのか」
どう考えても不要な工程なのに、それを怠ると上司はうるさかったりする。
やれ重要なことだからだの、やれ後々困ることになるからだの、
難癖をつけて過剰に反応することがままある。
その指摘は正しいのかもしれない。
けれど人は間違えることで正しい選択を知る。
踏み外した道がどういうものかを知ることで、
自分が歩むべき道はどういうものかを学ぶものだ。
何事も他人の経験則ではなく、自分の試行の積み重ねで理解を深めるべきだ。
自転車の乗り方を教わったところで、誰が最初からうまく乗れただろう。
足で蹴って、補助輪をつけ、背中を押され、ペダルを漕いで、
何度も転んで、転びかけて、転ばないようになって、
誰の助けも借りずに進むようになって初めて一人前になれる。
漕ぐ力、体の角度、重心の意識。
怠るところを怠れば失敗につながる。
しかし全体のバランスをつかめるようになるために、ときに失敗は必要なこと。
何が絶対的必要なのか、何が必ずしも必要ではないのか。
見分ける目が重要なのだ。
自分の行動に当てはめてみると、実は省略するという行為は、
無意識のうちにやっていることだと気づく。
天気予報をSiriで聞きながら着替えをするし、
その間に洗濯物を回しておいて、お湯を沸かしてコーヒーをカップに注ぐ。
一息つきながらメールをチェックして、
気分転換に音楽を聴きながら洗濯物を干す。
昨日の夜のうちに仕込んだ米が炊ける音が聞こえるとすぐにパックに詰め、
冷凍庫に入れて洗い物を済ませる。
いつもの場所に置いてある鍵、会社のセキュリティカード、手袋などを持って、
玄関に鍵をかければいざ出社。
朝のルーティンのできあがり。
社会人1年目の時は1つの動作に時間がかかっていたけれど、
今では少し寝ぼけた状態でもできてしまう。
一連の流れ作業をイメージすれば、優先度を見分けることも。
毎日やる必要のない炊事や洗濯を省略し、他の時間に充てることができる。
その間は自分の好きなことができる。
おやつを食べることもできるし、次の休みに行くお店を探すこともできるのだ。
省略ということは、新しい時間の隙を作ることでもある。
これは悪いことではない、人生を彩るためにはむしろ必要な時間だ。
明日、緊急事態宣言が発令される。
去年よりも制限は緩いけれど、外出時間の短縮を求められる。
仕事柄、出社が必要な生活だけれど、どこかに省略できる隙があるはず。
それはきっと必ずしも必要ではないことで、仕事以外に充てられる時間だ。
2度目の準戒厳令が出ても、すぐに感染が収まることはまずありえない。
今回も自分の仕事の仕方を改める機会を貰ったと思って、
仕事のルーティンを今一度見直した方がいいだろう。
時短営業に本格的に乗り出すときが来たのだ。
定時をすっかり超えた頃。
仕事を片付けて暇をもてあそんで数時間、
会社のデスクでそんなことをのんびりと考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます