6日目 約束
彼曰く、私、このために頑張るわ。
***
約束をした。遊ぶ約束。
それは私の目的になった。
仕事が大変な今は気楽に遊びに行くことも難しい。
土日は休みで、基本出勤禁止だけれど、
土曜だけは休日出勤しないと理想に近づけない状況。
言ってしまえば切羽詰まった修羅場。
火事場の馬鹿力とかが発揮されるタイミングなのだろうけど、
実際に炎上までは行かなさそうなので、
少しだけ楽観視している。
もちろん自分が非常に優秀だとは思っていないので、
いくつかの保険を腹案として持ったうえで。
これも去年のガチ火事場を乗り越えてきた結果かもしれない。
あのときは自分の土地はプチ炎上、
対岸の火事はいつまでも、
遠くの島でさえ軽く火花が乗り移ったように燃え始めていた。
昨年末、師走はまさに師走だった。
入社1年目の私からすれば先生である先輩たちがあちこち走り回ったのだから。
私も走り回っていたのは言うまでもない。
なんなら自陣の火事場を乗り切った後に、
遠くの島の火事場に投入されたくらいなのだ。
たかが1件の火事で騒ぐほど、暇を持て余す野次馬ではない。
ましてや犯人ではないことは当然のこと。
そんな能力も魂胆も私にはない。
日々が平穏に過ぎればそれでいい。
それが私の基本的な信条ではあるものの、
この仕事はそれを簡単に裏切ってくれるから面白い。
多分私はドMなんだと思う。
ドMの私も緊張が解けかける時はある。
まさに正念場になりそうという今。
頭を悩ませて何が起きるかの可能性を1つずつ潰し、
対策案をいくつか書き出して、
何をどの順で実行に移すべきかを考えているときがそうだ。
色んな事を考えるのはいいけれど、良くない部分もある。
「さっきの案はなかなかよさそう。
このあとAさんにお願いすれば対処できそうだし、
Aさんが時間かかったとしてもBさんの作業を端折れば行けそう。
Bさんには他の作業もあるし、スルーしていい許可は貰っている。
問題はCさんが予定通りにできるか、他の作業の進捗が芳しくないって言ってたし、
これ以上前半でもたつくと期限間近がパンパンになってしまう。
・・・まあ、結局そうなっちゃうよなー、美味しいものは最後にしたいし。
何を最初に食べるかで悩むのも仕方ない。
あー考えてたら甘いもの食べたくなってきたなー。
そう言えば今日はまだ何も食べてなかったや、お腹すいた。
何も持ってきていないから何か買ってこないといけないけど、
いっそのことどこかに食べに行きたい気分だ。
この時間でもランチってやってたかな、どこか開いている店があればいいけど」
ようするに集中力が切れてしまったのだ。
やらないといけないことから目をそらしてしまって、
別の関心ごとに思考を奪われてしまう。
「良くないループに入ってしまったな」
行きつけのカレー屋でナンをちぎりながら思っていた。
背徳的なスパイスの味とナンの甘さのマッチが何とも言えない。
今日は会社に来てからずっと考えていたから実質的に動いたものがない。
このままだとカレーだけ食べて何もせずに終わってしまう。
まずいなあ、カレーは美味しいけど。
なんて考えているとスマホに通知。
「再来週末、遊びに行きましょう!前行けなかった公園、どうでしょう?」
目の色が変わった。最近よく遊ぶ人からだった。
前にも誘っていたけれどお互いに仕事が忙しいという理由で、
どちらからも誘いづらくて先延ばしになっていたけれど、
向こうから誘ってくれるとは思わず驚いた。
同時に、心が躍った、たぶん嬉しかったんだと思う。
カレーに着けたナンをニコニコしながら頬張る。
一緒に来ていた後輩には変な目で見られたけれど一向に気にならなかった。
だってそれはいい誘いだったから。
嬉しい提案で、楽しみな約束だったから。
その約束は私が仕事を意地でも頑張る理由になった。
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