4日目 驟雨

彼曰く、日本の奥ゆかしい名前を忘れることは、必然だけど哀しい。


日本は雨が多いです。

温暖湿潤気候、というのですね。

小学生の時の社会科だったか、

あるいは中学生の地理の時間に習いました。

年間を通してみたときの気温の変化が大きく、

夏は高温多湿で冬は気温が低く、乾燥している地域のことを指すのだそう。

日本の場合は北海道や沖縄などの一部地域を除く全域がこの気候に当たります。

海外でいえばイタリアの水の都ヴェネツィア、

アメリカの大都市紐育。

・・・、あ漢字が出ちゃいました、ニューヨーク。

それからオリンピックも開催されたロシアのソチ。

地球の中緯度地域に存する場所にこの気候が当てはまるということです。

日本の例で見れば四季に富み、

季節ごとに様々な自然の変化を見れます。

それに伴い住み着く人々の装いや居住環境にも変化、工夫がなされ、

目黒川沿いの桜並木、熱海の海上花火大会、

鬼怒川・龍王峡の紅葉渓谷、岐阜・豪雪地帯の白川郷など、

四季折々の素敵な景観、風習が存在し、

自然遺産や日本の名勝として保存されている場所も多いです。


そうしたところは古来より記録としても残っており、

高名な詩人や貴族、武士や大名、

浮世絵師や画家、様々なアーティストが巧みな言葉や筆致で表現、

ないし後世に伝えようとしてきました。

風光明媚、山紫水明、花鳥風月。

中国より漢字を伝えられた日本人は、

素晴らしい景観を称えるためにいろんな言葉を使っています。

小さな島国に育った日本人はどこかがめつく、貪欲な精神があるのでしょう。

漢字からひらがなを生み出したように、

漢字にさえ多くの読み方や意味づけをしてきました。

美人、時間、心情、景観、そして天気。


驟雨、という言葉の意味を、果たしてどれだけの人が知っているでしょうか。

知っていても、書くことのできる人は少ないでしょう。

ネットリテラシーは高くなっても、

自筆することの少なくなった現代人は、

漢字の成り立ちさえ知らないまま、

形と読み方だけを何となく把握して使っているのです。

そしてそれはたいてい語感が良く、

他の人にも伝わる音の並びのものだけを。

それはさらに短くなり、今では「り」だけで意味を把握できてしまうのです。

一つの文化として面白いですし、もはや末恐ろしくさえあります。

文化の発信源とみなされる若者は、

どんどん新たな言葉を日々生み出し、使っているのです。

電波に乗れば日本だけでなく世界にも広まり、

新たな言葉として定着します。

逆に使われることのなくなった言葉は、

いつしか記憶から薄れていって過去のものとなるのです。


これから先、日本語はますます目まぐるしく言葉が生まれるでしょう。

それこそころころ変わる天気のように。

晴れたと思えば急に雨が降り、気付けば雲は去っている。

一瞬だけその場を支配した言葉は、

何の禍根も残さずに去っていき、

人々に強烈な印象と驚きだけを与えて霞んでいく。

そんな言葉の応酬が未来で待っていると思うと、

年を取っていくだけの私たちはどうするべきなのか。

一つ一つの言葉を大切にする、ということは大人になってから分かることです。

私たちはそれぞれ好みもあるし、考え方も違う。

個々人にあった言葉が必ずあります。

それが最新のものなのか、古来の人々と同じものなのか。

感性の違いがあるのだから分かりません。

それさえ一過性のものかもしれない。

自分に合った言葉選びをするのが、これからを生き抜くことに必要なのでしょう。


とはいえ、昔ながらの言葉が忘れられていくことはどこか寂しいです。

ときには時間を止めて、過去の人々が感じたままの言葉を、

例えば渓谷に踏み入ってみたり、

例えば雪に彩られた麗人を眺めたり、

例えば茜色に染まる空の下で考えに耽ってみたり、

日本の空気を噛み締めながら、感じてみるのもいいかもしれません。

いっときの雨に打たれながら、帰ってみるのもたまにはいい。

今を、今までを、楽しむことが大切だと思うのです。

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