19日目 勉強

彼曰く、大学生みたいに頭を使うのは久しぶりだな。


たまには読書にふけるのも悪くない。

単純作業ばかりの仕事とは違うところで頭を使うことをしたい。


同級生のそんな思い付きで始まった、

唐突な第1回読書会。

行き当たりばったり、いつまで続くかもわかりませんが、

何事も最初の一歩から。

会社規定の始業時間になるまでの間、

正確には新人の掃除が始まる前くらいまで、

いろんな分野の本をみんなで持ち寄って、

おのおの読んだ感想やどういうことが書いてあったのか、

とにもかくにも朝からしゃべり倒そうという企画です。

まずは発起人と同じ部署で働く新人君、

そして私の3人が創立メンバー。

比較的緩い風を装っておきながら、

案外いろいろと考えてしまったりして、

最終的にから回っていることが多くなりがちな先輩2人に挟まれて、

新人君はさぞ肩身が狭いことでしょう。

回りが聞いたら「巻き込むのはやめてあげなよ」なんて言われそうですが、

当の本人は意外にもこちら側、

むしろ緩さの中に真面目さがあるタイプ。

ちゃんとした大学、さらには大学院にまで進んでおきながら、

なぜこの業界に入ってきたのか不思議不可思議極まりませんが、

その言葉そのままブーメランな人間が、

同じ場に少なくとも2人、他にいるので問題なし。

最終的には緩い落としどころを見つけて楽しく生きていたい3人が、

言いたいことを言い合って、あるいは傾聴に徹して意見を言う。

朝まで生討論ならぬ、

朝からそれ正解でもない、

朝だけしゃべくり003(水曜限定)というわけです。


なかなか面白い試み。

どこまで続くかはやる気次第。

難点なのはそれぞれいい感じに緩さがあるところ。

みんながみんな緩いままだと、三日坊主でとん挫しそうな勢いです。

しかしそこは新人君がいい感じに引き締めてくれるでしょう。

先輩二人で丸投げしたわけですが、

その予測は的を射ていたようで。


話し合いの口火を切った新人君。

記念すべき第1回読書会に連れてこられたのは、

社会学教授の見田宗介『現代社会はどこに向かうか』。

現代社会の時代区分について筆者なりの論点から述べた、

講義記録に近い議論のまとめのようなもの。

現実視点で見る社会に対して、

近代以降の社会はどのような時代と言えるのかを、

「秋葉原通り魔事件」を起点に前後で比較検証して考察しています。


曰く、事件の起きた2008年以前は「夢の時代」。

世の中が経済成長で尻すぼみになったことを機に、

今までは理想の形として固められてきた制度を生活を合理化するための道具として、

あるいは現状に対する不満、理想とは異なる現実への反抗の対象として、

もしくは単純に現実からの逃避のための手段として、

社会を扱い、見てきた時代でした。

しかしそれは結局、泡と消えるただの夢。

その前の人々の熱意にあふれていた「理想の時代」よりも、

目の前の出来事への不安から逃れるために夢想した、

言葉通りの「夢」に生きる時代だったのです。

それは目的を達成することが意味をなさず、

目的を持つことさえ意味をなさない時代。

そんな時代に生まれた若者が、

理想に生きた時代に生まれた大人たちに言われたことを理解できるはずがない。

大人が理想ばかりを語る前で若者は現実との乖離を知るのです。

結婚、サブプライムローン、車や家を持つことのブランド価値・・・。

未来のために生きることに意味を見出せず、

それ以前に未来を夢見ることすらかなわない人々は、

社会の裏で爆弾を投げる機会をうかがっていた。

ついにその爆弾が弾けることになったことの象徴として、

秋葉原通り魔事件が起きたというのです。

それ以降にある現代は「虚構の時代」。

経済成長の真っただ中を過ごし、現在にも未来にも希望に満ち溢れていた時代とも、

近代の高度成長期に、今を建設的に生きるための合理性を求めていた時代とも違う、

現状の満足度をいかに守るかを意識した時代。

一見、近代に理想とされた生活基準を満たしているように見えるけれど、

全国民に当てはまるわけではなく、

少数の満足度から取り残される人々もいる。

世間から認知されている、存在を認識されている象徴として、

「まなざし」という言葉を用いていますが、

その範囲から除外されてしまう人々がいるのです。

彼らの主張は現状への懐疑。

「満たされた」とされるのは表面、

中はハリボテでいつ崩れてもおかしくない。

だからこそ脆く、崩れ去る危険性をはらんでいる。

情報過多な、消費社会の限界の発露として、

現代の残酷な事件は起きている、という内容なのだそうです。


むう、なかなかにまとまっていました。

聞いていた内容を正しく書き起こせている自信がなくなるくらいに、

教授の話を聞いているような気分で、気づけばメモをきっちり取っていました。

大学時代が懐かしい。

当時でもここまで真面目に聞いていませんでしたよ?

意外に正統派な内容だったので、

最近まだ読めてないラノベの話をしようとしていた私がちょっと恥ずかしいです。


恥も外聞も捨てて、

ラノベはやめて哲人の訓戒集を紹介しておきました。

発起人の同期は内村鑑三の「人は歴史ではない、生き様だ」という名言。

やっぱりここは私がほんわかテーマを紹介する役割を引き受けるしかなさそうです。

課題図書はちゃんとまじめにやるとして、

自由図書は自由にやらせてもらいましょう。


ひとまず第1回は和気藹々としたまま終了。

久しぶりにいい汗をかいたならぬ、

いい頭の使い方をしました。

小説もこんな感じで続けられたらいいな、なんて。

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