10日目 緩急

彼曰く、てっきり怒っているのかと思っていました。


他人のことを知ろうとするとき、

人はその人のことを観察するようになります。

調べ物をしようとするとき、

ネットや図書館などの資料を読んだり、

先輩にヒアリングやインタビューをしてみたり、

研究対象を分解・分析してみたり、など。

様々に方法はあります。


SNSやブログやメルマガなどなど、

有名人であればネット上に様々な情報が溢れています。

有名人にお目にかかることはできないので、

結果的にそうした方法しか取れないわけですが。

集まる情報はいずれにせよ、

誰かの目を通して、誰かの耳を通して伝わってくるお話です。

壁に耳あり障子に目あり。

どんな一挙手一投足が、どんな日頃の行いが、

電子の海に転がされているのかなんて、

分かったものではありません。

自分で蒔いた種でないのであれば、

発信元も分かりづらい。

ばらまかれた側であればはた迷惑でも、

その人を知りたいと思っている人にはまたとないチャンスです。

それらに頼るも1つの手でしょう。

ですがその人が単なる一般人であれば、

取れる手段は限られます。

そもそも接点が少ないのですから、

接触できる機会をうかがう必要があります。

たとえ接触が叶わないくらい難しいくても、

様子を見ることはできるはず。

敵陣に踏み込むも予測と偵察は欠かせません。

準備を万全にするための第一歩。

何事もまずは観察から。


あの女の人きれいだな。

あの男の人かっこいいな。

あの先輩仕事できるな。

あの後輩はなんだか仕事ぶりが心配だな。

あの子供は危なっかしいな。

あの友人は頼りがいがあるな。


なんできれいなんだろう。

なんでかっこいいんだろう。

なんで仕事ができるんだろう。

なんで仕事ぶりが心配なんだろう。

なんで危なっかしく見えるんだろう。

なんで頼りがいがあるんだろう。


疑問に思うことはたくさんありますが、

まずは一番大きい疑問を同定します。

後輩君はなんで焦って見えるんだろう。

そこから派生して様々な発見が導かれます。

なんで前のめりなのか、なんで質問が来ないのか、なんでいつも気合十分なのか。

そうしたことを1つ1つ確認し、認識し、

事実に基づいて原因・理由を探求します。


自然な会話を心がけつつ、相手の回答を根気よく待ちます。

先に仕事をしている他の同期との差を感じる。

実践になったときを想像してもできる自信がなくて怖い。

同期の中では一番若く、知識も人生経験も少なくて不安。

どんな仕事が来てもいいように、いつも待ち構えている。

先輩に聞いても何も頼まれないから大丈夫なのか心配になる。

最近の仕事について、こうしたいなと思うこと、

普段何を考えているのか、様々聞いていくうちに相手のことが知れてきます。

そこまで見えればこちらの勝ちです。


なるほどどうやらこの後輩、

常に仕事がないといけないと思っている様子。

運動部経験しかなく、それほどでもない高校卒の思考力、

馬鹿にするわけではないにしろ、

たしかに肉体的で実践的な考え方しか学んでこなかったみたいです。

しかしこの仕事、

ただ体を動かせばいいだけではありませんで。

頭を働かせる必要があるのです。

目に見えるものしか信じられず、認識できないということは、

それがないときにどうすればいいかが分かっていないということ。

今の時期はそうした分かりやすいイベントがない。

しかし同期はできる仕事が増え、

せわしなく動いている様子が目についてしまう。

ライバルの成長は焦りに繋がり、

若さと実力のなさからくる自信のなさと、

淡白な返答しかしない先輩の態度から、

不安や恐怖に過度に敏感になっている模様。

それを何とか振り払おうと、臨戦態勢でい続けているそうな。


…うん、淡白なのはごめんなさいね。

そういう性格なものだから。

仕事への態度もそう映っているとなると少し問題かもしれないけれど。

しかしこれは精神を病まないための私なりの対策なの。

ずっと肩肘張っていたら疲れるじゃない。

私たちは完璧な永久機関じゃない。

マラソンでずっとトップスピードでいることのできる人がいないように、

どこかで休憩やペースダウンのタイミングが必要なのよ。


それはこの仕事の中では肉体的な労働ではなく、

頭を使って対策を練る時間なのです。

基本的に体を使うのは、思考の後。

過去の自分が考えていた行動を、

未来の自分がトレースできるように。

自分の引いた最善に近いレールをちゃんと歩めるように、

思考に沿って行動をするのです。

行動はあくまで思考を実現するための副産物なのです。

それを自分でやるか人に任せるかは仕事による。

後輩君に任せられないのは、

先のことを考えたときに損が少ないと考えているからです。

それは私だけでなく、取引先にも言えることだから。

ぽんと気軽に任せづらいのです。


だから今は周りを観察して、何が行われているかを冷静に認識してほしい。

自分にできることが何かを考えてほしい。

せわしなく動いて見えるのは、

同期さんも初めてだから。

自分だけでできているわけではなく、

先輩にもちゃんと質問しています。

その姿を見て、大変そうに働いているなと、

羨んでいるだけではいけません。

その仕事は何なのか、自分でもやる可能性はあるのか、

自分だったらどう動くか、

同じ立場になったときに自分はどう動くことを考えるか。

そうした思考力を鍛えてほしい。

不安に思うかどうかは、実際に始まってからでいい。

不安に思えば質問すればいい。

始まる前から不安に思うのは誰でもそう。

その不安を少しでも減らすために、

情報収集と思考に専念することも大切なのです。

急を要することは急に来るから、

そのときにぱっと動ければいい。

ゆったりと構えていられる間に、

考える力を養っていただきたいのです。

仕事がないと思っているこの時期でも、

未来の仕事を想像して行動の準備をしておくことはできますから。

まずは体と心の緊張を解くことから始めましょう。


イレギュラーの多いこの仕事でも、

常に何かあると考えてばかりでは疲れてしまう。

そのときに対してずっと身構えているだけでは、

反応に鈍さと鈍感さが出てしまう。

体を鍛えるだけでなく、プランを練ることも成長には欠かせない。

何事にも緩急が必要なんです。

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