5日目 風

彼曰く、風を感じられる生活でありたい。


蒸し風呂のような部屋。

夏が近く、湿気も多い時期でございます。

日本らしさといえば日本らしさだけれども、

国の推進する「クールジャパン」という語感には、

どうもそぐわない鬱陶しさがあります。

窓から入り込む空気はうだるようで、

部屋と外との差もあまり感じません。

それどころか、外の熱い空気が入り込み、

密閉された空間をさらに茹で上げていきます。

梅雨の残る空模様に、

ジメジメと肌に張り付く世界。

自然界の湿気なのか、それとも自分から出てきた湿気なのか、

寝汗か運動の汗か、それとも冷蔵庫から出したときに、

麺つゆボトルにあふれ出した結露による湿気なのか。

発信源は様々考えられますが、

犯人探しをしていてもキリがありません。

今は一刻も早くこの状況を打破したい。

ゼリーをずっと体中がまさぐっているような、

温かいような冷たいような、

ひとまず気持ち悪いことだけは分かる身の回りを、

一気呵成に打ち払ってくれる、

そんな風を私は今欲しているのです。

魔法使いにはなれませんが、

風を作る機械なら売っています。

扇風機を買いに行きましょう。


夏本番を迎える直前のこの時期。

家電量販店には多くの半そでの人間がひしめきます。

コロナで密を避けるように言われ続ける東京ですが、

人間、暑さと湿気とも付き合わなければなりません。

それが日本の気候であり、八百万の神が宿る自然の理なのですから。

いっときの病魔であってほしいと願われているコロナよりも、

この国に住んでいる以上、

末永く付き合っていく必要のある事案なのです。

富める人も、貧しき人も、

工夫を凝らして梅雨と夏を乗り越えようとしているのです。

その結果、ひしめき合ってでも冷房や扇風機、

サーキューレーターや除湿器など、

大から小まで揃った店に列をなすのです。

自粛期間中にネットショッピングや通販に慣れているはずなのですから、

わざわざ雨の降る日に外出してまで、

店頭で買い物をしに来なくてもいいのに、という、

店員さんの声が聞こえてくる気がしますが、

都合のいい人間なのでそうした野次は無視して並びます。

順番を守る日本人の美徳と歪んだ理性を見るのが趣味なものですから。

それが冗談だとしても、

わざわざ並びに来ている私も随分と変態ですね。

さっさとむさ苦しいここを抜けて、

目的のものを買いに向かいましょう。


外の生温かい空気と違い、

人工的な作られた涼風が私の手元に今あります。

魔法でも奇跡でもなく、文明の発明の結果として。

無事買うことができました。

反対に今までなぜ買ってこなかったのか。

ひとえに面倒だったからというのと、

無くても何とか乗り切れるだろう。

家に長い時間入るわけでもないし。

そう思っていたのですが、

今年に入り働き方改革が本格的に施行され、

コロナにより自粛期間という自宅待機命令が実施、

要は在宅生活が今までと比較して長くなったというわけです。

ということは居住空間をそれなりの環境にしなければならないわけで、

鬱陶しいのもあまり気にしないたちとはいえ、

私も人間ということです。

やっぱり気になってくるんですよね。

健康はもちろん肌にも悪いし、

我慢は精神状態を悪くするだけ。

できる時にできる対策をしないといけないのです。

せっかく新しい生活形式に世の中が変わりつつあるのですから。

この部屋にこそ新しい風を吹かせないといけませんね。

いっそ世界を混乱させる病魔たちも、

風でどこかへ行ってくれればいいのですけど。

風に頼りすぎて、風邪だけは引かないようにしたいものです。

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