26日目 納豆

彼曰く、納豆は万能食である、異論は認める。


「納豆にカラシを入れるかどうか」問題をご存じでしょうか。


納豆は日本食として古くから広く知られ、

現在では健康食を代表する一品と言えるでしょう。

畑の肉ともいわれ、たんぱく質を豊富に含んでいる大豆を原材料とし、

納豆菌によって発酵させた保存食は、今や世界的に認知されています。

かの江戸幕府将軍、徳川家康も

「長生きの秘訣を知りたいのならば、納豆を食えるようになってから言え」と、

言ったとか言わなかったとか。

戦国の世を生きる武将たちの兵糧丸的な存在でもあり、

江戸時代に入ってからは民間での生産も盛んになった食品です。

日本人としては朝食の一席を見ると、

米、みそ汁、おかず、その横に納豆、というのは見慣れた構図と言えるでしょう。


一方、強烈なにおいが苦手で、あまり好まない人もいるんだとか。

べたべたした食感が口に残り、それが食器について

他の料理につくのが嫌だという潔癖な方もいるほど。

健康が売りの食品とはいえ、人を選ぶ食材と言えるでしょう。

そんな食材でも、付加価値がつけば飛ぶように売れてしまうもの。

「納豆はコロナ感染を防いでくれる!」という、

根も葉もない噂を信じて、スーパーに駆け込んだ人は多いことでしょう。

納豆もともと大好き人間としては、

納豆の常備は当然のことなので困ることなどなかったのですが、

噂を過信して買いだめに訪れる人が列をなしていたことは記憶に新しいです。

あえて言わせてもらうならば、

今更食べたところで遅いというか、

日常的に食べ続けることが大切というまっとうな意見だけ言わせてもらいます。

良いものは継続的に摂取していきたい所存でございます。


直近の話題に上がったりしたその納豆。

どうやら先輩のお友達がこう主張したそうな。

「納豆にカラシを入れるのは邪道である」と。

納豆を食べたことのない読者諸氏に説明いたしますと、

市販のよく知られている納豆は、

約8センチ四方の発砲スチロールの箱型容器に入っていて、

納豆用のタレとカラシが付属しているのが一般的です。

このカラシを入れるのかどうか、という議論が日本のどこかにありまして、

それがまさに先輩のお友達との会話で物議を醸している訳なのです。


お友達曰く、

「納豆本来の素材の味を楽しむためにはカラシを入れるべきではない」

「カラシなどという刺激物は納豆の風味とおいしさを損なう邪魔者だ」

「納豆はタレをかけて、よく混ぜて完成する料理なのだから」

と。


言いたいことは分かります。

納豆の風味はあの独特の香りにある。

大豆本来の甘みと、口に残る豆の食感。

納豆という発酵食品になることで、

ただ大豆を食べるよりも口に残りやすく、

だからこそお腹に溜まる感じがあるのです。

それを心行くまで堪能するには、

大豆の柔らかい旨味とは対極にあるカラシは、

入れるべきではない、ということでしょう。

言いたいことは、分かります。


ですがその前に一つ言わせていただきたい。

お友達さん、あなたは納豆を混ぜる前にタレを入れてしまうのですか?

まっっっっったく分かっていらっしゃらないようだ。

あなたは納豆が大変お好きだというお話でしたが、

同じ納豆好きとしては、「タレ入れてから混ぜる」というのは待ったをかけたい。

それはニワカの食べ方です。

そんな中途半端な向き合い方は納豆に失礼というものです。

戦時中の戦争孤児や、乱世の中を生きる足軽ならばまだしも、

料理として納豆を捉えておいでなのであれば、

タレを最初に入れるのは言語道断。

北大路魯山人が黙ってません。


明治昭和を生きた大美食家である彼曰く、

『まず納豆になにも加えずに練る。白い糸状のものがたくさん出て納豆が固くなり練りにくくなったら、醤油を少量たらしてまた練る。練る、醤油を入れる作業を数回繰り返す。糸がなくなってどろどろになったところに辛子や薬味を入れてかき混ぜる』

(引用:北大路魯山人『魯山人味道』中公文庫)


大先生も仰っておられるように、

納豆をよりおいしく食べるには長い時間と手間暇が必要なのです。

カラシを入れるかどうか以前に、

「究極の納豆」を食べるためには丹念な下準備が必要なのです。

カラシを入れることに異を唱える前に、

下準備もなしに本番を迎えようとする、

ひねた心を問いただしたい。

カラシ云々を議論する前に、

先生が遺した偉大な食べ方を、まずは実行してみようじゃありませんか。

カラシや薬味を入れるか、

ご飯に乗せて食べるか、

他の料理に使うかどうか、

すべての議論は基本ができてから口に出していただきたい―――。


これ以上は長くなるので今日はここまで。

424回、納豆をかき混ぜていられるだけの胆力を身につけてから、

もう一度私の前に現れることをお勧めします。

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