10日目 沼

彼曰く、人生は泥沼の戦いに満ちている。


僕の人生は暗かった

目覚めたときから底の底

抜け出せない泥沼の中

友達は冷たいぬかるみ

べったりくっついて離れない

なのに僕はひとりぼっち

暗く静かで寂しい場所

そこは僕の生まれた場所

何も見えない

何も聞こえない

誰も周りにいないのに

食べ物だけはそこにある

噛み応えも味もしない

何よりあたたかみを感じない

僕を満足させるものは何

僕を産んだのは誰なんだろう

僕は何のために生きているのだろう

小さな声で問いかけても

僕の声は闇に溶けて

反響さえすることなく

寂しい音だけが谷を包む

何もかもが無に染まる

つまらない

つまらない

このままこの場所に溶けるのは

あまりにつまらないことだ

動いても無

話しても無

食べても無

眠っても無

皆無に囲まれ包まれて

冷たさだけが肌に残る

闇は無を返すだけ

新しいものは作らない

同じ境遇の人はいるのかな

まわりを見てもいないから分からないけど

いたらいいなと思ってしまう

仲間はいれば心強い

自分が強くなった気がする

ヒーローの出てくる漫画で知った

同時にいてほしくないなと願っている

同じ闇を共有したくない

彼らと一緒に沈んでいく気がする

底なし沼の絵本で知った

知らぬ間にその沼に落とされて

仲間ができれば沈んでいく

闇を求める人はいないけれど

闇から救い出してくれる人も見当たらない

まわりは全て闇の中

ここは誰にも見つからない底

5分に一度考える

この沼から抜け出したい

沈んでいくばかりでは

あまりに寂しくつまらない

ある日息をするのと同時に

「あっ」と声を出してみた

今まで出たことのない音だった

肌も喉も覆う泥は濡れていて

呼吸に苦労したこともないのに

初めての音に驚いたのか

喉が渇いて痛かった

「いっ」と驚く声が漏れる

また初めての音が生まれた

不思議で周りを見渡すと

闇に亀裂が走っている

ピシピシと知らない音は底を走り

やがて僕の肌にも届いて

絡む泥が渇いていく

何も無かった闇に風が吹き

豊かな空気が入ってくる

そこでは決して触れられない

温かくてうるさい匂い

無ばかりで満ちていた場所が

光であふれて目に映る

そこはまるで知らない世界

野生に満ちた過去の底

今まで自分が沈んでいた

暗くて静かな寂しい場所

もう嵌まることはない

僕が生きる場所はあそこじゃない

もっと違う生き方で

もっと楽しい場所があるはず

そこはきっと明るくて

幸せが僕を迎えてくれる

少し歩くと見えてくる

歓迎の言葉と宴の灯り

甘美な香りが鼻を抜け

柔らかな音が耳を撫でる

ああ、あそここそが僕の場所

何かが僕を呼んでいる

急がないと

乗り遅れる

早くしないと

見つかってしまう

そんなことあってたまるものか

ぼくが最初に見つケたんダ

あそこコソがぼくノ安息のチ

ダれも知らない夢のソこ

楽シイうたげガ続クばしョ

死あわセな○○ガつつム国



楽しい宴の声が響き

星の見えない夜に溶けていく

歳の数よりこの目で見た

暗い夜がまた始まる

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