5日目 キャベツ
彼曰く、キャベツは茎も葉もおいしく食べないといけません。
キャベツを買った。安かった。春野菜は温かさを感じるからおいしそうだ。
普段は通り過ぎてしまう野菜売り場。
冬も同じ場所に、定番の野菜が売られていたというのに。
何処がいつもと違うのだろう。
緑や橙が明るく見えるのは、売り場の照明のせい?
それとも野菜を美味しく食べたいと感じる私の卑しい気持ちのせい?
原因はともかくおいしそうだ。
気付いたらかごに入っていた。
かごも緑色だから気付かなかった。
おのれ野菜売り場担当者め。
この私をはめやがった。
ローストビーフに赤ワインベースの上品な甘みのあるソースをかけて。
付け合わせに小さいキャベツやタマネギをグリルして。
口直しにマスタードを聞かせたマヨネーズソースを添えて。
炊き立てのライスにはあえて何もかけず。
窓際に用意した小テーブルから東京の夜景を眺めながら。
一人の時間を静かに楽しみたい。
そんな気分でいたというのに。
店の入り口近くにこんなにおいしそうなものを並べられては買わないわけがない。
足を止めても仕方なかろうというもの。
いやだがそんなに都合よく用意できるのだろうか。
もしかしたらこの店の篭絡作戦にすでにハマっているのかもしれない。
今日私がここで買い物をするということも計算のうちだろう。
冷蔵庫が空になることも彼らの術中にすでにいたことの証左ということだ。
何ということだ。
肉を食べると決めた私を屈服させるとは。
・・・いいだろう、認めよう。
今夜は野菜パーティで決まりだ!
店を出るとまだ日は高い。
もう春だというのに肌寒い風が頬をなでる。
両手にぶら下がる買い物袋。
お気に入りのトートバッグに親がくれた専用バッグ。
袋一杯のキャベツと厚みのなくなった財布が入っている。
神は私を許すだろうか。
春の香りを運ぶ葉の豊かさに負けた私を。
許してくれると信じて帰宅した。
1玉のキャベツは意外に重さがある。
よく使われる野菜の中では、かぼちゃ、大根と並んで一番と言っていい。
いずれも標準は1000グラムくらい。
3つ並べれば3000グラムにおまけがつく。
赤ちゃんの重さと同じくらい。
コウノトリが運ぶ命もあれば。
キャベツ畑で生まれる命もある。
物の重みは命の重み。
子供のころからしっかり野菜を食べていればすくすく成長する。
葉も茎も、大事に残さず食べなければ。
キャベツを開くと葉がしっかり詰まっている。
優しく剥がさないと破れてしまうほどに。
上の葉と下の葉が密着して、そのまま大きく成長する。
昔培ったものを下地にして、外に行くほど大きな葉を作る。
詰まれば詰まるほど固く、強く、大きく実る。
そしてもちろん、おいしく育つ。
命の重さは価値の重さ。
立派なキャベツは使い方も色々。
しっかり煮込めば甘いスープ。
肉をまけばロールキャベツ。
野菜炒めに塩キャベツ。
切り方も調理も自分次第。
食感も味も大きさも様々。
立派なキャベツは人を惹きつける。
色んな食べ方を試したくなる。
立派に育てば魅力はいっぱい。
人の理想もそうありたい。
価値の重さは魅力の多さ。
魅力の多さは人の良さ。
キャベツに学ぶことは多い。
ちょっと買いすぎてしまったけれど。
大事に大事に食べるとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます