3日目 空

彼曰く、見上げればそこには空がある。


ニュースから漏れる報道人の声。

非難。驚嘆。憤慨。唖然。

病は人の体、だけでなく、人の心も蝕んで。

組織の皮膚も骨も筋肉も、何もかもを食いつぶす。

食われた骸に人は群がる。

汚れた血肉を間近に見据え、

危険に無知のまま触ってみたり、

深く浅く呼吸をする。

みんないつの間にか汚れてる。

フィルターごしの空気を吸っても、

口が汚れてるから全部同じ。

肺も、胃腸も、脳も。きっと心も。

私は強い、と誰かが言った。

あなたが私より強い理由は何?

私があなたより弱いわけは何?

意味不明で。理解不能な。根拠のない自信だけが満ちていく。

1日を耐えると、1日が過ぎる。

また1日を耐えると、また1日過ぎている。

我慢は不安に、不安は疑心に、疑心は不信に変わる。

不信の先には何も残らず、いびつな抵抗は強制を呼ぶ。

いつの間にか一カ月が過ぎた。

何もできずに窮屈な箱に押し込められ、

空虚だけが広がった心に注がれるのは。

天井から降る、くすんできた赤茶色。

何も見えないよりはいい。

でも汚物が垂れるのは見ていたくない。

見たいのはあの色。

どこまでも透き通るようで、

手を伸ばせば掴めそうな、

でもきっと届くことはない、空。


世界は崩れかけている。

崩れた組織も人も、他人を強制できず、ただ願うことしかできずにいる。

願ってばかりでは生きていられないから、みんなが外を求めている。

汚れているかもしれないと知っていても。

冷たい視線が痛いことを知っていても。

箱の中ばかりでは生活できないのだ。

生きるために呼吸をする。生きるためにご飯を食べる。

生きるために自然に触れる。生きるために人を見る。

箱の外には発見がいっぱいある。

自分の胸が動いている。自分の内臓が動いている。

自分以外の生き物が生きている。自分以外の人が生きている。

箱の外に出ると自分が生きていると気づく。


久しぶりに外に出た。少し歩いて大きな公園。

自粛自粛と叫ばれても、外に出る人はまだまだいる。

自分もそのうちの一人、少しくらいならいいかもしれない。

そう思いながら言い訳を探して首を回す。

目線が合うのも気まずいから、誰も見てなさそうなところを探す。

空気が気持ちいい。たくさん吸いたくて胸を反る。

目を開けると汚れを知らない淡い青が広がっていた。

こんなに青い。青。青。

眼下の池の青はすぐつかめるところにあるのに。

同じ絵の具の空はつかめる自信も欲望もない。

赤茶色の天井よりも、空の方が空らしい。

見上げる価値のある色だ。

汚れてしまった自分の中をめぐる色とは違う、

きれいで、透き通っていて、何もかも溶かして失くしてくれそうな。

そんな色が見上げた先にある。

あの空を見れない世界は、、、きっととても汚れている。


青い空を自由に見れる世界に、早く戻ってほしい。

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