第57話 妹のキモチ。

「おはようございます! みなさん!」


 海水浴も半ば、そろそろランチかという頃。


 元気なその声は、すぐさま俺たちの注目を集めた。


「玲奈ちゃん!?」


「はいっ! 御代玲奈、ただいま到着しました!」


 結愛は驚きながらも御代の方へと駆けていく。


 遅れてやってきたらしいその少女は御代玲奈みしろれいな。結愛の友人である。いかにもお嬢様然とした清楚なワンピースに麦わら帽子という姿で現れたクリーム色の髪をたなびかせる彼女は、とびきりの笑顔で結愛を迎えた。


 キャッキャッとじゃれ合う姿はもう誰が見ても仲の良い友達同士そのもので、とても微笑ましい。



「これで本当に全員集合、か」


「ふっふっふ~。愛奈にかかればこんなものです! 結愛ねえの狭すぎる交友関係なんてすべて把握してますので!」


 隣の愛奈ちゃんがえっへんと鼻を鳴らして胸を張る。 


「それ、結愛に言うなよ。きっと落ち込むから」


 華の女子高生の交友関係がこんな少数精鋭とは……しかも半分くらいリア充グループのおまけだし。俺だって一緒に泣きたくなりそうだ。


「ねえおにーさん」


 愛奈ちゃんは結愛の方を見つめながら、ゆっくりと口にする。


「ありがとうございます。結愛ねえにお友だちを作ってくれて」


「いや、俺はなんもしてないけど」


「ウソはダメですよ~。あの時、愛奈もいたことをお忘れですかあ~?」


「そういやそうだったな……」


 恥ずかしい場面を見られたものだ。正直、何を言ったのか自分でも定かではないが、御代が結愛のお見舞い来てくれたあの日はクサいことをだいぶ言った気がする。


 最近の黒歴史第一位といっても過言ではない。


「でもま、それでもさ。あの後、一歩を踏み出して、友だちになれたのはあいつら自身のチカラだろ」


 ぼっちの俺にはその難しさがよくわかる。


 きっかけができて、それを後押しするような出来事があったとしても。俺たちの問って、誰かに話しかけるというのは酷く難しいことだ。


 俺も、結愛もきっと同じで。迷惑に思われたらどうしようとか。無視されたらどうしようとか。もし笑顔で接してくれても、その裏を邪推してしまったりとか。


 どこまでもどこまでも、ダメだった時のことばかり。悪い妄想ばかりが膨らんでしまう。


 今まで出来たことがないんだ。ネガティブな想像しかできなくて当たり前だ。


 だけど、結愛はもう一歩を踏み出したのだと思う。


 俺なんかより、ずっとすごい。


「おにーさんはやっぱり格好いいですね!」


「うおっ」


 愛奈ちゃんがぐわっと抱き着いてくる。それから、俺の胸にぐりぐりと顔をうずめる。


「……いもーとでしかなくて、結愛ねえと同じ場所に立つことすらできない愛奈には何もできませんでした。おにーさんが結愛ねえの彼氏さんになってくれて本当によかったです」


「……そうかい。愛奈ちゃんにそう言ってもらえるなら、こんなに嬉しいことはないな」


 愛奈ちゃんの頭を優しく撫でる。いや、さっき初音に撫でられていた分を消す勢いで、わしゃわしゃと撫でる。


「ちょ、おにーさんっ。激しすぎですよぉ~」


「愛奈ちゃんが可愛いのが悪い」


「もうっ。そういうことは、結愛ねえに言ってあげてください! 愛奈はたま~にで大丈夫なので!」


 言いながら、愛奈ちゃんは俺から離れた。


「まあ、陽キャでパーリーピーポーで可愛すぎる愛奈にはお友だち作りの難しさも、ボッチの苦悩も、全然これっぽっちもわかりませんので。結愛ねえのことはおにーさんにお任せしますね?」


 愛奈ちゃんは背を向けたまま、少し早口に言った。どうやら恥ずかしがっているらしい。


 結愛に比べればずっと社交的な妹だが、似ているところもあるじゃないか。


「任されたよ、妹さん」


「ぜ~ったい、目を離しちゃダメですからね?」

 

 愛奈ちゃんは釘を指すようにそういって、結愛と御代の方へと走り出した。


 姉がシスコンなら、妹もシスコンなのだなあ。


 一人っ子の俺にはやはり眩しく映る。でもまあ、姉妹愛ってすばらしい。

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