第54話 妹だって遊びたい。

「きゃっ」


「うおっ。けっこう波でかいな」


「それに思ったより冷たいですっ」


 ひたひたと足踏みしながら浅瀬で騒ぐ俺と結愛。


 海に怯える陰キャカップルの図、ここにあり。


 もうちょっとはしゃいだ方がいいんだろうか。先ほどのこともあり、どうにも周りの視線が気になってしまう。


 でもせっかく来たんだ。結愛の水着姿を見てテンションが上がっていないはずもない。


 ここは陽キャリア充ばりのウェーイ感を出していかなければっ!


「結愛――――」


「あっ! おにーさーん! それに結愛ねえも! 見つけたー!」


「へ……?」


 突然投げ掛けられた声に思わず間抜けな声が漏れてしまう。


 そしてとたたたーっと足音がして次の瞬間、俺の身体に何かがギュッと抱きついてきた。


「どーんっ!」


「うおっ!?」


 その何かは俺の腹にぐりぐりと顔を押し付けてくる。


 ぶんぶんと揺れるツインテールが腹を撫でる。


 ちょ、やめてっ。お腹くすぐったい。


「おにーさーん〜! お久しぶりです〜!」


「ま、愛奈まなっ!? どうしてここに!?」


 俺がこそばゆさに耐えていると、今度は結愛が叫んだ。


 しかしその何か改め結愛の妹、美咲愛奈みさきまなちゃんは姉の言葉を意に介さず頭をぐりぐり押し付けながら続ける。


 抱きつかれているためあまり見えないが、彼女も水着を着ている。ライトグリーンのワンピースタイプの水着だ。


「おにーさーん、なんで愛奈に逢いに来てくれないんですか〜? 酷いですよ〜愛奈、ずっと待ってたのにぃ〜!」


「えっ? あーいやそれは……なかなか都合がつかなかったというかなんというか……ほら俺、一応受験生だからね?」


 彼女の家にお邪魔するなんてあの時のような明確な理由がなければ無理なんだよなぁ。主にブレイブなハートの問題で。


「それでも〜! 愛奈は逢いたかったんです〜!」


「ごめんごめん。でも愛奈ちゃん? 今日はどうしてここに?」


 俺は謝罪の気持ちを込めて愛奈ちゃんの頭を撫でながら聞いてみる。


 完全に無視されているお姉ちゃんの顔を立てる意味も込めて、だ。


「ふにゃあ……——っっ!?」


 頭を撫でられると、途端に弛緩したふにゃふにゃの顔を見せた愛奈ちゃんだったが、ぶんぶんと顔を振り回していつもの顔に戻った。そしてハキハキと喋りだす。


「それはもちろん、おにーさんと遊ぶために——じゃなくて! 今日の朝、お友だちから海に行こうとお誘いが来たので! たまたま! たまたまです!」


「そ、そうかー。たまたま、かぁ……」


 絶対たまたまじゃないんだよなぁ。結愛からばりっばりに情報が漏れていたと見るのが妥当だろうか。


「おにーさんは、愛奈がいると困っちゃいますか……?」


「い、いや? そんなことないぞ? 久しぶりに逢えて俺も嬉しいし」


「それならよかったです!」


 にぱっと笑う愛奈ちゃんを見ていると、もう何も言えなくなってしまう。


 それどころか、もっと頭を撫で撫でしてしまう。


 今日は2人きりで、と思っていたのだがこうなってしまっては仕方がないだろう。


 俺については問題ない。


 それよりも結愛だ。この前の、ラーメンデートの時のことを思い出す。


「おにーさんおにーさん!」


 愛奈ちゃんが俺の手を引いて歩きだす。


「あっちに愛奈のお友だちがいますので! そっちへ行きましょう!」


「お、おう……そうなのか?」


 お友だちって……中学のか?


 大丈夫なんだろうかそれ……俺、捕まらない?


 いや、そんなことよりもまず……。


「ちょっと待ってくれるか?」


 俺は愛奈ちゃんから離れて、結愛の元へ駆け寄る。


「結愛? いい……のか? 愛奈ちゃんのこと……」


「あはは……来ちゃった以上は仕方ないですよ。今からお家に返すなんて可哀想ですし」


 結愛は困ったように笑う。


「それはそうだが……。また我慢、してないか?」


「だ、大丈夫ですっ! 今回に関しては正直助かった部分もありますし……ねっ?」


「まあ、たしかに……な」


 目配せするように言う結愛に、俺は同意を返すしかない。


 2人きりだと正直、何をどうすればいいかわからなかった。水着同士というこの状況は、なかなかに耐えかねるものがある。


 まだまだ、俺たちには恋人としてのレベルが足りないらしい。


 もしかしたらそれも見越して、愛奈ちゃんは来てくれたのだろうか? 気の利く妹様ならあり得ないことではない気がする。


「それに、愛奈も一緒に遊べるなんて初めてですから! この前は私が寝込んでましたし! だからとっても、楽しみです」


「……そうだな」


 妹のことが大好きだと言っていた、結愛らしい答えだと感じた。


「でもまぁ、2人きりの時間もどうにか作ろう。せっかくだしな」


「……はい。嬉しいです」


 歯に噛むようにふんわりと笑う結愛の頭を、先ほど愛奈ちゃんにしたのと同じように撫でる。


 ふにゃふにゃになったその顔は姉妹変わらないなと、そんなことを思った。


「おにーさーん? 結愛ねえー? まだですかー?」


「……よし、行くか」


「はいっ」


 先を歩く愛奈ちゃんに追いつくように、俺たちは駆け出した。

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